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2010'12.24 (Fri)

Cast a special spell on me !

雪歩誕生日おめでとう!
晴嵐改さんのイラストを元に、ゆきりつSSを書いてみました。

※800行

【More】

「誕生日おめでとう、雪歩。今日は素敵なプレゼントがあるのよ」

 クリスマスイブの夜、事務所でツリーの飾り付けをしていた雪歩は、両腕を広げて宣言した
律子を、きょとんとして迎えた。
 律子の両手は空っぽで、プレゼントらしい箱はない。コートについた雪を払い落としながら、
律子は「来年、雪歩をプロデュースすることになったの」と、さらりと言った。

「……ぷろでゅーす……?」

 雪歩の脳内に、突如として情報がドッと雪崩れ込んできた。アイドル。プロデュースされる。
ステージに立つ。ドーム。数万人のファン。知らない人。男の人。歌う。……誰が?

 ――私が?

「むむむ無理です! 私がアイドルなんて無理です! いくら律子さんでも、無謀すぎます!」

 頭のスイッチが切り変わり、雪歩は即座に否定したが、律子の中では既に決定事項のようだ。
上の人とも話し合いを済ませ、男性が苦手なら私がプロデュースしましょう。と、高木社長に
胸を張ってきたらしい。寝耳に水の展開に、雪歩は動揺を通り越して涙目になっている。

「わ、私なんかより、他の子を担当したほうが、きっと万全ですよ」
「コラ! そんな目線だから、いつまでも雪歩はダメダメ候補生なんでしょうが」
「あうぅ……」

 すぐに下ばかり向くのは、雪歩の悪い癖だ。少しでも弱気になると、まわりと己を見比べて、
自分のダメっぷりに落ち込んで、穴を掘って埋まってしまう。
 765プロに入っておよそ半年、16歳の誕生日を迎えるまで、雪歩にアイドルデビューの機会は
訪れなかった。すっかり事務所のお茶係になっていた雪歩に、よりにもよってクリスマスイブに
白羽の矢を立てたのが、律子だ。

「年明けに、お別れライブを開くの。新しい事務所を始動させるのは、その後ね」
「……ぐすっ。私がダメダメなせいで、律子さんの事務所が潰れちゃったら、すみません……」
「大丈夫だって。デビューすれば、不安を言ってる余裕なんてこれっぽっちも無くなるから。
 さあ、今夜は楽しいクリスマスにしましょうね」

 鼻歌を歌いながら、律子は部屋を出て行った。後には、中途半端に飾られたツリーと、茫然と
している雪歩が残され、不安混じりのため息が、いくつも宙を漂った。
 雪歩は、自分が貧相な小舟になって、海に放り出された気分だった。脳内には、大揺れの海が
広がっている。そのうち波に飲まれて転覆する図が浮かんで、まともに見ていられない。

 下を向けば波打ち際が足先を濡らしていて、周りは360度海に囲まれている。
 もうどこにも逃げられないんだ、と雪歩は思った。



*****



 年が明け、雪歩はアイドル活動を終えた律子に連れたって、律子のプロデューサーが構える
事務所に、アイドルの籍をおくことになった。
 律子が目をつけていた物件は、765プロが一時借りていた、狭い事務所だ。階下の居酒屋も、
カラオケボックスも、雪歩には見覚えがある。お馴染みの景色に、少しだけ安心する。

「今はオンボロ事務所もいいとこだけど、そのうち立派なビルに引っ越しさせてもらうわよ」
「お、大袈裟ですよぅ。律子さんもアイドル活動すれば、別かもしれませんけど……」
「それは絶対ダメ。私はステージから離れて、じっくりプロデューサー活動に専念するの」

 律子のプロデュース活動は、雪歩のダメっぷりを改めて確認するような日々が続いた。
 ファンの前で歌うときも、レッスンの時間も、オーディションでも、事あるごとに、ダメな
自分を見るばかりで、雪歩はそのたび深く落ち込んだ。沈んだ数だけ穴は増え、その場所から、
前にも後ろにも進めなくなってしまう。

 今日も今日とて雪歩は、事務所の床に穴を掘り、社長と律子に呆れられていた。

「『ここまでダメ続きだと、一ヶ月で打ち切りになっちゃう』とか、考えてるんじゃないか?」
「心配しないで。私も一度は転んで乗り越えてきた道だから」
「俺が心配しているのは、床の修繕費と、スコップの隠し場所のことなんだが……」
「おいおい検討しましょう。というわけで雪歩、聞こえてるなら、レッスンに行くわよ」

 律子は、雪歩が最悪の状態まで落ち込む隙を与えなかった。同じ道を辿っていた律子には、
雪歩が落ち込むタイミングを察知するのは容易なことで、律子が石橋を先に叩いている間は、
おそるおそる雪歩も前に進むことができた。
 おかげで雪歩は、デビューしてから一ヶ月、まともに弱音らしい弱音を吐いた記憶がない。

「律子さんは、魔法が使えるみたいですね」

 穴の中から体よく引っ張り出され、なんだかんだでレッスンを続けている自分に気づいて、
雪歩は感心したように言う。もしも律子がプロデューサーじゃなかったら、雪歩はもっと早く
いろんなことを諦めていたかもしれない。

「まあ、私も今の社長に、魔法を掛けられちゃったのよね」

 律子の元プロデューサーでもある社長は、雪歩が怖がらずに会話できる、数少ない男性だ。
最初のうちは怖がっていたのだが、やれ背広がよれよれだの、ネクタイが曲がっているだの、
寝ぐせがひどいだのと、律子に叱られている様子を見て以来、雪歩は仲間意識を感じている。
ダメダメ社長とダメダメアイドルが、しっかり者のプロデューサーに舵を取られているのだ

 雪歩は律子に、どんな魔法をかけられたのかを尋ねた。返事は簡単なものだった。

「自分の弱い部分をね、ほんの少し隠してしまうの」
「隠す?」
「カメラに映ってる間だけでいいのよ。ね、ちょっと想像してみて」

 まったく居眠りしない美希。おっちょこちょいじゃない春香。迷子にならない、あずささん。
素の一面を覆ってしまうと、キリッとした別の子みたいだ。

「でも、ずっと隠し通すのは難しいですよね? 弱い部分が多かったら、もっと難しそう……」
「そこは、汗と涙と努力の結晶よね。雪歩は、魔法のかけ甲斐もあると思うの」

 雪歩は弱点だらけの女の子だ。弱虫で臆病でダンスもダメで、歌だって上手い子が沢山いて、
ステージに立てば、途端に頭が真っ白になって、カメラも気にせず暴走してしまう。

 それでも、雪歩はその魔法を信じてみたくなった。律子は一度、シンデレラになっている。
トップアイドルの椅子を知っている。そこから見られる景色は綺麗なのよと言われれば、その
場所が気になって仕方ない。弱虫じゃなくなった自分の姿を見てみたい。

 雪歩は鏡に映る自分を眺め、黙々とレッスンを続けた。



*****



 雪歩が少しずつテレビの波に捕まるにつれて、律子の仕事は日に日に忙しくなっていった。
秋月律子の名前には、まだトップアイドルの魔法が充分かかっていて、雪歩はそのおこぼれに
預かりながら、地道に前進していた。律子は外回りに出ることが多くなり、営業もレッスンも
ない時、雪歩は少し時間を持てあますようになった。事務所に、雪歩以外のアイドルはいない。
765プロとは違って、話をする相手がいない。

 見かねた社長が、雪歩にチェスの箱を差し出したのは、そんな頃だ。

「最初は少し難しいけど、ルールはすぐに覚えられるから」

 立派なチェスセットだった。盤は木製で、表面には薄っすらと駒の跡が残っている。律子が
以前、クイズ番組で優勝したときに貰ってきたものらしい。

 ルールを教わり、雪歩は仕事の合間に、社長とチェスを打つようになった。チェスの本来の
持ち主である律子は、社長より遥かに腕が立つらしいのだが、それは律子の仕事が無かった時、
延々コンピューター・チェスで暇をつぶしていたからだと、社長は雪歩に明かした。

 チェスを打つ雪歩と社長を目に留め、律子は険しい顔で言う。

「雪歩にそれを渡したってことは、昔の私みたいに、暇を与えるなってことですね」
「俺は別に、何も言っていないぞ」
「いいえ、私には解ります。新米だった社長に出来たことが、私に出来ないわけないでしょう」

 なかなか仕事を取ってこれず、落ち込んでいた律子だったが、チェスと雪歩を交互に見るや、
心機一転、事務所を飛び出していった。雪歩はきょとんとしていたが、良いことだよと社長が
言ったので、ふたたび盤面へと意識を戻した。

「雪歩もそうだけど、律子もまだまだ新米だからな」
 
 まるで懐かしいものでも見るような顔で、社長は呟く。



 雪歩の育成方針に関して、社長は強く口を挟むことは無かったが、チェスをするときだけは、
雪歩に幾つかの助言をした。所属アイドルが一人しかいないこともあり、雪歩には実質二人の
プロデューサーが存在しているも同然だった。

 Dランクの階段を登りかけている雪歩に、社長は駒を動かしながら教える。

「俺と律子がいつも考えているのは、雪歩のプロモーションなんだよ」

 雪歩をアピールして、売り出すこと。それから、上手くトップアイドルまで昇格させること。
マーケティング理論におけるプロモーションと、チェスのルールに存在するプロモーションだ。
前者は二人が何とかできても、後者は雪歩の底力が頼りだと社長は言う。

「アイドルだった律子さんに比べて、私はまだダメダメな気がするんです」

 テレビに映っていた律子は、お姫さまみたいにキラキラと眩しかった。雪歩はまだ、律子と
同じになれていない。ステージの輝きに背中を押され、がむしゃらに駆けまわっているだけだ。
そんな雪歩が活発に映ってごまかせるのも、おそらく今のランクまでの話だろう。
 今の自分に行き詰まりを覚え、律子との違いに気づき始めているのは、雪歩が成長してきた
証拠だ。社長は腕を組み、駒の先を模索しながら答える。

「律子の理想と、雪歩の理想に、どこか食い違いがあるんじゃないか?」

 律子は雪歩をトップアイドルに導こうとしている。余所のアイドルに決して引けを取らない
アイドルにしようとしている。でも、実際にオーディション会場にいくと、雪歩はいつも他の
アイドルに気圧されていた。雪歩の目には、自分以外の女の子が、全員シンデレラに映った。

「私が律子さんの真似をしても、いつかは他の子に埋もれちゃう気がします」

 社長は黙って盤を眺めている。律子は自分がしてきたプロデュース活動を振り返っているが、
果たしてそれで上手くいくのか、半分は懸念していた。
 律子が上手く行ったからといって、その真似をした雪歩まで上手く行くとは限らないからだ。

「雪歩をプロデュースしたいって言い出したのは、律子だからな。
 律子には、何か思うところでもあったのかもしれないな」

 プロモーションの機会を、雪歩はじっと待っている。成る駒を決めかねている。



*****



 この日、765プロダクションの高木社長は、オーディション会場にいた。半年前に独立した
律子が、プロデューサー共々顔を出すと聞いて、二人のその後に興味があったのだ。

「ご無沙汰してます。社長」

 懐かしい声に呼び止められ、高木社長は目を細める。君も、もう社長じゃないかと言うと、
律子の元プロデューサーは、照れくさそうに頭をかいた。

「今日は、どうされたんですか?」
「君と同じだよ。アイドルの付き添いだ。水瀬くんたちと、一緒に来たのだ」

 高木社長が率いてきたのは、765プロで一番売れている、伊織とあずさと亜美のユニットだ。
トップアイドルの律子が抜けたあとに、爆発的なミリオンヒットを飛ばし、今や向かうところ
敵なしの独走状態を続けている。

「ねぇねぇ兄ちゃん、ゆきぴょんは? 律っちゃんは一緒じゃないの?」
「こら、真美くん」
「タツミヤコマチ、売れっ子なのはいいけど、真美はタイクツなんだよねー」

 高木社長の後ろから、ひょっこり真美が顔を出した。オーディションについてはきたものの、
今日は亜美がステージに出る番で、真美はヒマそうだ。亜美たちは記者に取り囲まれているし、
元トップアイドルの律子だって、会場のどこかで注目を浴びているに違いない。

「ふつーのアイドルの、ゆきぴょんだったら、真美と遊んでくれると思ったのに」
「今ごろは多分、控え室で緊張してるんじゃないかな」
「おお、そうだった。萩原君の調子はどうなんだね?」

 高木社長の口調は真剣なもので、真美は掴んでいた袖を離した。律子の元プロデューサーは、
高木社長に向き直り、「今のところは問題ありませんが」と続ける。

「これより上は、どうなるか解りません。律子の存在が、重荷になるかもしれない」
「うむ。律子くんのプロデュースは、他の者とは毛色が異なるからな」
「どーゆーこと、社長? 律っちゃん、プロデューサーやっちゃいけないの?」
「トップアイドルだった律子くんが、プロデューサーを務めるということはね。
 それまでの律子くんの実績が、全て、担当するアイドルに圧し掛かってくるのだよ」

 それを聞いて真美は、渋い顔になった。亜美とダンスレッスンで張り合って、小競り合いで、
ケンカになったことを思い出したのだ。比較される辛さは、真美が一番良くわかっている。

「ゆきぴょんは、律っちゃんと、なんでも比べられちゃうの?」
「比べられるだけならいい。それは、この先も、ずっと続く重さなのだ。
 ランクが上がり、トップアイドルのレベルを肌で感じれば、その重さはより厳しくなるぞ」
「……律子が普通のプロデューサーと違うことは、雪歩も、うすうす感じていると思います」

 律子の元プロデューサーは、律子を通して雪歩を見てきた。もしも雪歩が、律子ではなくて、
普通のプロデューサーに巡り合っていたら、状況は違っていたのではないかと、何度も考えた。

「それでも、雪歩を選んだのは律子なんです。押しつぶされたら、それまでですよ」



 オーディション会場の控え室で、雪歩は一人だった。伊織たちのユニットを筆頭に、格上の
アイドルがずらりと出揃った中、一人だけ格下の雪歩は、ほぼ底辺と言っても差支えがない。
胸を借りるつもりでエントリーしたオーディションだったが、トップランカーたちの空気は、
雪歩が想像していたものより、遥かに険しかった。じっと座っているだけでも両手が震えて、
穴を掘って埋まる余裕さえ、今の雪歩からは消し飛んでいた。

「ああもう、しつこい記者たちね。私は活動停止したっていうのに」

 聞き慣れた声に、雪歩の表情が少し和らぐ。律子だ。リハーサルが始まり、誰も居ないのを
いいことに、律子は自分を追いかけ回した記者団に対して、あれやこれやと文句を並べ立てた。
その間雪歩はオーディションへのプレッシャーを忘れ、律子の話を聞く側にまわった。
 雪歩が淹れたお茶を啜る頃には、怒りも大分収まったのか、椅子に腰掛けたままの姿勢で、
律子はじっと俯いている。

「……ねえ、雪歩。私は、あなたの重荷になっていない?」
「律子さんが?」

 雪歩は目をぱちぱちさせた。明らかに、今の律子は落ち込んでいた。かつて律子がアイドル
活動を停止すると言ったとき、多くのファンは落胆した。今でも、律子の復帰を待つファンは
大勢いる。夢を渡るタイミングを見計らって、律子はアイドル活動を止めた。

「私がやりたいことをするために、雪歩を巻き込んだって自覚は、あるのよ」

 律子は、自分の存在が、雪歩の枷になっているのではないかと思っていた。雪歩がどれだけ
頑張っても、その努力を見て貰えないことを、懸念していた。過去の律子の影が、今の雪歩を
覆っている。『トップアイドル秋月律子の』という冠をつけられたアイドル。それはほとんど
呪いに近いのではないか。雪歩の努力なんて、無かったことにしてしまうのではないか。

 今雪歩の目の前にいるのは、トップアイドルの秋月律子ではない。プロデューサーになって、
まだ半年に過ぎない駆け出しだ。それでも、律子を「プロデューサー」として見てくれる人は
少ない。律子が背負っているものが、あまりに大きいせいだ。
 トップアイドルの。ミリオンセラーの。ベスト10入りの。律子が抱えるものは、あまりにも
大きくて、ファンはそちらを期待していた。律子から与えられるものを、心待ちにしていた。
その期待は、担当アイドルの雪歩へと流れ込んだ。

 居なくなったシンデレラの、代わりのお姫さま。ファンはそこに律子を映し、雪歩は律子の
変わりになろうとした。雪歩は確かに弱音を吐かなくなった。でもそれは、ただ律子の真似を
してきたに過ぎない。雪歩は強くなっていない。律子の魔法は、雪歩にかかっていない。

「私は、お姫さまにはなれません。律子さんみたいには、なれないのかもしれません」

 でも。雪歩はぎゅっと拳を握った。足を止めてしまった律子に、この仕事が向いていないと
思い始めてしまった律子に、そんなことはないと、言い聞かせるように。

「律子さんの夢を、待ってる人がたくさんいるんです。その人たちを裏切ることはできません」
「私のために、雪歩は自分自身に蓋をするの?」
「ちがいます。私は」

 雪歩は、ずっと考えていた。プロデューサーとして認められない律子。アイドルとして見て
貰えない自分。それは雪歩が、いつまでも律子の後を歩いているからだ。雪歩が、律子の先を
駆けないといけないのだ。

「律子さんが運んできたプレゼントを、配るお手伝いがしたいんです」

 それがあまりに真摯だったので。
 律子は、反論の言葉すら忘れていた。



*****


 オーディションを済ませた伊織は、観客席でステージの経過を見ていた。伊織たちトリオは、
ほとんどパーフェクトに近い採点で、一枠しかない合格ラインを手中に収めている。それでも、
未だに大勢の記者が構えているのは、元トップアイドルの律子に対する注目のせいだ。

「お待たせ、伊織ちゃん」
「遅いわよ、あずさ。律子たちに会いたいって言ってたのは、あずさでしょ」
「うふふ。お互い忙しくて、なかなか会えなかったんだもの」

 二人はこの後に出てくるアイドルを待ちわびている。秋月律子の担当アイドル。それが今の
雪歩の代名詞だ。雪歩は名前すら取り上げられることもなく、未だに律子の影に覆われている。

「雪歩の出た歌番組、見たわ。律子が教えただけあって、器用に、律子のコピーって感じよね」

 つまらないと言わんばかりに、伊織はふんと鼻を鳴らした。

「私ね、さっき、雪歩ちゃんとすれ違ったのよ」
「ダメダメ雪歩のことだから、トイレでめそめそ泣いてたんじゃないの?」
「たぶん、あれは、雪歩ちゃんだったと思うんだけど……」

 あずさは曖昧な返事をする。伊織の言葉を待たず、ステージの照明が下りた。しんと静まり
かえった会場に、スポットライトの明かりが一本差し込む。雪歩は、舞台袖の方を向いていた。
伊織は他人事ながら苛々する。どうしたの、オーディションでしょ。

 曲のイントロが流れ、耳に届いて、雪歩はすうっ、と息を吸い。

(え?)

 伊織には、雪歩が、誰かに目配せしたように見えた。隣にいる誰かに。『Kosmos,Cosmos』の
伴奏に背を押される形で、雪歩の声が、メロディーを掴む。

「あれ? ゆきぴょん……」
「ゆきぴょん、声変わった?」

 亜美と真美の呟きは、ほとんど同時だった。空気の変化に気づいたのは、双子に留まらない。
会場の観客は動揺していた。今までに、聴いたことのない歌声だった。芯の通ったボーカルは、
まっすぐメロディーラインを捉え、強いアピールとなって、審査員の脳を叩いた。萩原雪歩の
存在を、このとき初めて観客は意識した。秋月律子の存在ばかりに意識を取られ、765プロの
他のアイドルに埋もれていた女の子。前を走る理由を、見つけられなかったアイドル。

「……律子じゃないみたい」
「うふふ。伊織ちゃん、あの子は、雪歩ちゃんよ?」
「わ、わかってるわよっ。雪歩みたいって言ってるの!」

 雪歩はソロのアイドルだ。律子の持ち歌を覚え、ダンスの癖を覚え、その上で、安全運転を
するように、律子が指示するラインの上を走ってきた。雪歩は自分の立ち位置を理解している。
律子と同じものには、絶対になれないと解っている。

 だから雪歩は、律子をステージに連れてきたのだ。

『もっと腕を伸ばして。そんなに元気のないダンスじゃ、誰にも見てもらえないわ』

 レッスンの時、律子は自らダンスの見本を示してみせた。雪歩はソロだったけれど、律子と
息を揃えて練習する方が好きだった。オーディションの時はいつも、律子の影に重なるように
踊ってきた。声を揃えてきた。律子の穴を埋めてきた。今の雪歩には、律子の姿が見えている。
今まで重なってきた影から、雪歩は初めて距離を置いた。

 雪歩は律子の存在を捉えながら歌う。雪歩が律子を意識するほど、その差は明確に示された。
ステージで歌っているのは一人なのに、観客はそこに二人分の存在を感じた。なにより雪歩は、
自由だった。律子が同じステージの上にいるのだ。これほど頼もしいことはない。

「なあ、君。あれは……本当に萩原くんなのか?
 アイドル候補生だった時、あの子は、もっと気弱な女の子ではなかったかね」
「ええ、雪歩ですよ。むしろ、あれが雪歩の、本当の姿なのかもしれません。
 雪歩は、多分、間違った魔法をかけられていたんです」

 律子のようになって欲しいと、ファンは雪歩にそれだけを願った。魔法は雪歩を捕捉した。
律子の身代わりを続けていた。きっかけは解らないが、今の雪歩はその枷を振り払っている。

「だとしたら、魔法を解いたのは、多分――」

 続く言葉は、観客席から沸き起こった拍手に呑み込まれた。トップの伊織たちにも劣らない、
割れんばかりの歓声を受け、ステージの主役は唖然としている。歌い切って緊張が解けたのか、
退場の途中で派手に転倒した。慌てて律子が飛び出してきて、雪歩はずるずると引きずられる
ようにステージを降りた。

 カメラのフラッシュは盛んに焚かれていたが、それらはもう、しつこく律子を追いかけ回す
ことはなかった。



*****



 勝ち星を逃したにも関わらず、あのオーディション以降、事務所の電話は盛んに鳴り続けた。
律子と雪歩は、舞い込む仕事に奔走し、あちこちのスタジオに顔を出した。

 夏が過ぎ、秋を迎え、律子のことを、「秋月プロデューサー」と評する声も上がりはじめ、
よれよれだった社長の身だしなみも、いつしかパリッとしたものに変わっていた。

「これが律子の魔法なら、本当に大したもんだな」
「律子さんは魔法使いじゃありませんよ、社長」

 少しずつインタビューにも慣れてきた雪歩が、駒を動かしながら応える。相変わらず二人は
時間さえあればチェス盤を広げていた。

「律子さんは、多分、サンタさんなんです」

 ほう。と社長は思った。最近の雪歩は複雑な手も覚え、果敢に飛び込んでくるようになった。
ダメダメなトナカイが、一念発起してソリを引き始めたというのなら、それは喜ばしいことだ。

「しかし、あれだな。律子がサンタなら、引っ張る雪歩は大変だろう」
「プレゼントがたくさんあるのは、嬉しいことですよ」

 白のナイトが黒のルークを飛び越える。チェックを掛けられ、社長の顔が少し険しくなる。
その間に雪歩は席を立ち、お茶を入れることにした。

「配るものがあるうちは、ずっと一緒にお仕事が出来ますしね」
「ああ、そうか。そうだな。もう10ヶ月になるのか」

 早いもんだな。社長はカレンダーを眺める。同じカレンダーを、雪歩は複雑な顔で見ていた。
一月に始まった雪歩のアイドル活動も、じきに終わりを迎える。明けない夜はない。いつかは
幕を降ろさなくてはいけない。クリスマスとて、例外ではないのだ。

「重たい律子を引っ張って、よくまあ頑張ってきたもんだ」
「重くて悪うございましたわね。どうせ今年も食欲の秋でしたよ」
「り、律子さんっ!?」
「ただいま帰りました。そうそう社長、今年のクリスマスの予定なんですけど。
 ライブの後は、やっぱり美味しいディナーですよね!」
「あ、ああ……どこか探しておく」
「よろしくお願いします。それから、右のルークを動かすと、クイーンに刺されて詰みですよ」

 ちらっとチェス盤を覗いた律子に指摘され、社長はううむと頭を抱えた。二人が雑談を始め、
長考になりそうな様子だったので、雪歩はそっと席を離れた。

 アイドル活動期間を終えたあとの話を、律子はあまり口にしない。

 残りの期日を数え、何か考えに耽っているのは見かけるのだが、雪歩の前では律子は至って
普段通りのプロデュースを努めた。雪歩の仕事とは異なる話も、ときどき耳に届いてきた。
 最近の雪歩は、以前に比べれば落ち込むことも少なくなった。律子の手を焼く回数も減った。
だんだん手が掛からなくなった雪歩を、律子は満足そうにみていた。

(律子さんは、新しいアイドルをさがしてるのかな)

 雪歩の考えは、胸の内に深い穴を生んだ。雪歩が不安になるにつれ、穴は深く、暗くなった。
埋めようとしても底が見えなくて、逆に落ちてしまいそうになる。弱い雪歩の声が聞こえる。

『ダメダメアイドルのままでいた方が、律子さんは、一緒にいてくれるのに』

 雪歩は耳を塞ぐ。聞き入れるわけにはいかなかった。弱い子に戻ったら、律子のやってきた
ことが、全部無駄になってしまう。それは嫌だった。雪歩はもうダメなアイドルではなかった。
雪歩がダメダメアイドルじゃなくなったからこそ、律子は他のアイドルをプロデュースできる
のだ。自分に自信がない女の子を見つけて、今度はその子に、魔法をかけるのだ。

 でも。穴を前に自問する。律子さんがいなくなっても、私はダメじゃないままで居られる?

 雪歩の疑問は、穴の中に沈んで、それきりだった。もし律子が居なくなって、それで魔法が
とけてしまったら、雪歩はどうしたらいいのか見当もつかない。今の自分が、見せかけだけの
強さに思えて仕方がなかった。

 遅かれ早かれ時間は流れて、律子と雪歩を引き離しにやってくる。雪歩はその日を恐れた。
ダメな自分に戻るのを怖がり、臆病さは穴をますます深くした。

「どうしたの、雪歩、具合でも悪いの?」
「……大丈夫です」

 心配そうな顔をする律子に、雪歩は首を振ってみせる。

「大丈夫です。プロデューサー」



*****



 雪歩は夢を見ていた。

 公園で、雪歩は誰かと自転車の練習をしている。離さないで。手を離さないで。補助輪の
とれた自転車は、右に左に頼りなくふらふらと揺れている。雪歩はまっすぐ前を見ている。

『離してないわよ。大丈夫』

 聞き覚えのある声が、遠くから聞こえて。

『……えっ!?』

 雪歩は後ろを振り返る。ストライプのシャツが見えた。離れたところから手を振っていた。
走ってきた距離を認識して、前を見ていないことに気づいて、自転車が、ぐらり、と揺れた。
世界が反転する。雪歩の視界が傾く。頭から地面に落下する――。


 すぱーん!


「雪歩、大丈夫? ライブ本番まで、あと30分よ」
「……うう。プロデューサー、ひどいです……」

 良い音をたてた後頭部をさすりつつ、雪歩は文句をこぼす。専用のハリセンを片付けながら、
律子は、しれっとしていた。控え室でうとうとしているうちに、眠りに落ちてしまったらしい。
いつの間にか肩にはカーディガンが掛かっていて、雪歩は礼を言ってそれを返した。

「調子はどう? 随分うなされていたみたいだけど」
「プロデューサーが酷いんですよ」
「え。なに。そんなに痛かった?」
「……違います。もう」

 怒るのはお門違いなのだ。雪歩は自転車に乗れていたのだから。振り返っても漕ぎ続ければ、
自転車は転倒したりしなかっただろう。それでも雪歩は、理不尽な気持ちだった。

 手を離した律子さんが、笑顔だったからだ。――雪歩はそう結論づけようとしたのだけれど、
じゃあどうして自転車に乗りたかったの?と尋ねられれば、多分、言葉に詰まってしまう。

「それにしても、雪歩がドームでクリスマスライブだなんてね」

 一年前を振り返っているのだろうか。律子は目を細め、くすくすと可笑しそうに笑っている。
一年前の今日、雪歩は律子に声を掛けられた。アイドルへのカウントダウンを宣告されてから
二度目の冬を迎えて、雪歩は、うんと遠くまで歩いてきた実感に触れている最中だった。

「一緒に、デュオで歌えたら良かったですね」
「雪歩とデュオか。そういう機会も、あったのかもしれないわね」

 雪歩は近い未来を見ていて、律子は遥か遠くを見ていた。それだけで雪歩は、律子の未来に、
自分が近くにいないことを悟ってしまった。それがどうしようもなく寂しくて、受け入れられ
なくて、雪歩はひとつ提案をした。

「あの、プロデューサー。今夜のライブが終わったら、事務所に戻るんですよね?」
「ええ。社長は20時に迎えにあがるから、それまで少し時間が空くわね」

 雪歩は、弱い自分を抑え込んだ。大事なライブの前に、我が儘を吐き出したくはなかった。
雪歩が、自分の力で律子に勝てたら、その時は言ってしまうかもしれない、と言い訳をして。

「帰ったら、プロデューサーと、チェスがしたいです」
「チェス? いいわよ。私チェスなんてするの、久しぶりだけど――」

 そこまで言って、律子は言葉を止めた。
 雪歩の目は、まるでオーディション直前のように真剣だったからだ。律子は、自分がトップ
アイドルだった時のことを思い出していた。挑戦者のアイドルは、いつだって律子にこういう
視線を向けてきた。
 あなたに勝ちたい。トップアイドルになりたい。同じ高さに並んでみたい。律子より格下の
アイドルは、そうやって律子を見上げてきた。そして律子は、それに応じ続けてきたのだ。

「欲しいものでも、あるのかしら」
「はい」

 律子は望みを聞いた。雪歩のプロデューサーとして、聞かないわけにはいかなかった。

「私が勝ったら、プロデュースを続けてください」

 トップアイドルに相応しい目をして、雪歩は言った。



*****




 振り返ってみると、律子は雪歩とチェスを打つことは滅多になかった。外回りに出ることが
多くて、社長と雪歩がチェスをしているところに、横から口を挟む方が多かったように思う。

 64マスのチェス盤を挟んで、二人はここ20分ほど押し黙っている。律子が思っていた以上に、
雪歩の実力は高かった。穴熊ばかりかと思いきや、鉄壁の布陣から、貫くような鋭い駒を打つ。
今さらながら律子は、雪歩の言葉が冗談ではなかったことを理解していた。

 雪歩はまっすぐに、自分の要求を提示している。律子はまだ、自分の手札を明かしていない。
その違いが、二人の実力差を埋めた。雪歩は勝つ気でいる。不可能ではないという手ごたえを
感じている。
 防戦一方だった律子は、静かに眼鏡の蔓を押し上げ、ようやく口を開いた。

「雪歩のプロデューサーとして、教えておきたいことがあるのよ」

 律子は駒を移動させる。黒のビショップが白のポーンを取り、三列目から斜めにチェックを
掛ける。雪歩は白のルークを動かして、壁を作り直す。その守りは強固だ。律子は、どこから
攻め入るべきか、まだ悩んでいる。
 ひとつ息を吸って、律子は、その壁に穴を穿つ。

「サンタクロースは信じてる?」

 白の駒を動かそうとしていた、雪歩の指が止まる。頷きかけた雪歩に、律子は言葉を重ねる。

「サンタクロースなんて居ないの。まぼろしの存在だわ」
「そんなことないです」

 雪歩は盤しか見ていない。よりにもよって律子の口から、そんな言葉を聞きたくはなかった。


PIXSS001


 雪歩は駒の行き先を探している。思考と視界が同時に揺らいだ。視線を上げることもできず、
ぐるぐるする頭を押さえ、震える声で呟く。

「サンタさんはいます。プレゼントも持ってきてくれました」

 クリスマスイブに現れたのは、律子だ。雪歩を捕まえてアイドルになろうと言い出したのも、
律子だ。ダメダメな雪歩をレッスンに連れ出して、トップアイドルまで導いた。雪歩が今まで
引っ張ってきた重さは、律子の存在に等しかった。
 それでも律子は、雪歩に言い聞かせるように、静かに諭す。

「サンタが居ても居なくても、雪歩は、ずっと自分の足で歩いてきたのよ」

 動揺した雪歩の駒は、不本意な位置で止まった。律子はその隙を見逃さない。二手で落とす。
雪歩の視線は、まだ盤上を彷徨い続けている。どこかにあるはずの道を、捜している。

「雪歩が、雪歩の足で、トップに立ったの。私は、ただ、道案内をしただけ」
「プロデューサーが居なかったら、私は、トップアイドルになれませんでした」
「私の名前も引っ張ってくれた。潰れなかった雪歩は、もう誰からも弱いなんて言われないわ」

 雪歩は黙った。嬉しいはずの称賛が、今はちっとも嬉しくない。強い女の子になれば、役目を
終えた律子は、雪歩のプロデューサーを辞めてしまう。雪歩は、その後が怖かった。

「今さら雪歩が自分を偽ったりしないってことも、私は良く知ってるつもりよ」

 進める手が詰まる。先周りに長けた律子は、いつだって雪歩の弱音を先に塞いだ。雪歩は、
昔の弱い自分が、また顔を覗かせるのを察した。
 自分がダメダメなままだったら。弱いままだったら。その方が、良かったんじゃないかと。
雪歩は駒を睨んだ。進めるルートは見えている。無言で黒の駒を取る。あと四手。道が開く。
傍らの穴が囁く。ダメなままで居ようと、声が強くなる。耳を塞ぐ。

 弱い自分を押さえ込むのに必死になりすぎて。
 だから雪歩は、次の言葉を予想できなかった。

「アイドルに戻りたくなったの」

 思わず雪歩は顔を上げた。元より律子は盤を見ていなかった。
 盤よりもっと、大事なものを見ていた。



PIXSS002


「どうして……?」
「私ね、ずっと雪歩に言えなかったことがあるの」

 律子は、ゆっくりと話しはじめた。
 自分がついてきた嘘と、自分にかけられた魔法のことを。

 本当の魔法のことを。



*****



「私、ずっと怖かったの。一人でトップアイドルでいるのが。
 ランクが上がるほど、息が詰まりそうだった。早く、この椅子から降りたかったの」

 独りぼっち、と律子は言った。デュオでもなければ、トリオでもない。ソロのアイドルは
孤独との向かい合わせだ。高みに昇れば昇るほど、周りの声はどんどん聞こえなくなった。
どんなに綺麗な世界でも、素敵な舞台でも、それは孤独を埋めてはくれなかった。

「雪歩も、よく解るでしょう? 寂しいって言わなかっただけ、私よりも強かったわね」
「でも、それは、プロデューサーが……律子さんが、居てくれたからです」

 私は弱い子です。雪歩は本音を吐き出した。一人になるのが怖くて、一人になればきっと
もとのダメダメな女の子に戻ってしまうと、雪歩には手に取るように解っていた。

「律子さんがいないと、魔法がとけちゃうんです。私はやっぱり、強くなれませんでした」
「弱い自分を隠すのは、難しかったでしょう」
「……はい。ダメダメな私は、いなくなってくれませんでした。弱いままなんです」
「雪歩にとっての強い子は、弱い自分を、ずっと隠し続けられる子のことなのかしら?」

 雪歩は言葉に迷った。否定も肯定もできない雪歩を見て、律子は違う話題を振る。

「雪歩が私と同じところまで昇ってきて、私は、ちょっとだけ欲張りになったの」

 夢の続きは担当アイドルが見せてくれた。その分律子は、昔の夢に焦がれるようになった。
雪歩をステージに送りだすうち、いつしか雪歩の背中を羨ましく眺めている自分に気づいた。

「私は、律子さんの代わりに、なれてましたか?」
「代わりどころじゃないわ。あなたが私に魔法をかけたの」
「……え?」
「私がすごいトップアイドルだったって。一番のプロデューサーなんだって。
 皆にそういう魔法をかけたのは雪歩なの。私は雪歩に、ずっと魔法をかけられていたのよ」

 目の前の律子は、アイドルでもプロデューサーでも無かった。ただ雪歩のことを、憧れの
トップアイドルでも見るような眼差しで見ていた。

「魔法のかけ方は、律子さんに教えてもらったんですよ」

 弱いところを隠せば別人になれると、律子は言った。雪歩はそれを覚えている。
 ただ雪歩は、そうしている律子に気づかなかった。弱虫な子は、雪歩一人では無かった。

「雪歩の前では、ちゃんと、別人みたいだったでしょう?」

 律子はもう魔法を解いた。本当の自分を見せることで、雪歩に肝心なことを教えた。

「サンタさんじゃなかったんですね。律子さんは――律子さんでした」
 
 そう言う雪歩の表情に、嘘をつかれたと怒る色は微塵もなく。
 本物のサンタからクレームが届くわよと、律子は笑い返した。



 一人でステージに立ちたい。律子の意思は硬かった。雪歩はそれを、黙って聞いていた。

「ステージに置いてきたものを、自分で取り戻しにいきたいのよ」
「私、律子さんにプロデュースを続けて欲しかったんですよ」
「しっかり者のプロデューサーじゃなくて、残念だった?」
「律子さんはずるいです」

 そもそも雪歩は一年前から、律子にチェックを掛けられていたのだ。
 今さらじたばた足掻いたところで、決まり切った勝敗をひっくり返せるわけがなかった。

「私は、ずっと前から、律子さんのファンだったんですから」

 チェス盤を見る。白のポーンはプロモーションを二つ果たしていて、勝負は限りなく接戦
だったのだけれど、雪歩にはこれ以上、駒を動かす理由を見つけられなかった。

「律子さんがアイドルに戻ってくれるなら、それが私にとって一番のプレゼントです」

 雪歩は投了し、律子は役目を果たし終えた。
 17歳の誕生日、サンタは雪歩の前から姿を消した。

 律子と入れ替わるようにして、雪歩は、トップアイドルの席を降りる決意を固めていた。



*****



 春がきた。

 桜並木が続く公園を、雪歩は一人で歩いている。雪歩のお別れライブは、大盛況のうちに
幕を閉じた。デビューしてから二度目の春を迎えて、つい先週、雪歩は事務所の引っ越しを
手伝ってきたばかりだ。
 律子は、すこしずつ新譜のレコーディングを開始している。一年ぶりの音楽活動とはいえ、
トップアイドル・萩原雪歩を育てた実績は大きく、なかなか順調な滑り出しを見せている。

「一緒に仕事ができなくてごめんなさい」と、律子は謝った。

「雪歩と一緒のステージに立てるまでは、もう少し待っていて欲しいの」

 どのくらい掛かるのか、律子には見当もつかなかった。それでも、必ず迎えにいくと念を
押した。だから雪歩は、律子がステージと向き合えるようになるまで、待つことにしたのだ。

「次のクリスマスまで、プレゼントはお預けですね」

 仕事に行くのを見送る立場になってから、雪歩は律子の背中をいつも頼もしく眺めている。



 ステージを降りた雪歩は、空っぽになった手を別の場所に伸ばした。クリスマスイブの夜、
ディナーの予約を取った社長は、律子と雪歩を、パーティー会場に連れ出したのだ。
 クリスマスのパーティー会場の開催場所は、765プロダクションと言った。

 待ち合わせの相手が、雪歩に気づいて、公園のベンチからぴょいと飛び降りる。

「あ、ゆきぴょん先生、おはよー!」
「おはよう真美ちゃん。……えっと、先生は、ちょっと恥ずかしいかな」
「だって、プロデューサーって言ったら、ゆきぴょん穴掘って埋まっちゃったんだもん」

 真美の双子の片割れは、今日は隣にいない。トリオユニットが一周年を迎えたのを機会に、
亜美は自分たちの秘密をマスコミに明かした。「真美もアイドルやりたいっしょ?」という
亜美からのプレゼントを貰って、真美は765プロを出ることにしたのだ。
 お目当てだった敏腕プロデューサーが、マイクを手にステージに戻ると知ってショックを
受けた真美だったが、それほど敏腕でもないプロデューサーが、真美を掴まえてくれた。

「真美、髪のばそっかな。亜美と離れたんだし、イメチェンしてもいいよね?」
「うん。きっと似合うと思うよ」
「んっふっふ~。中学生になって、超せくちーになった真美に、みんなはメロメロだよ!」
「律子さんみたいなトップアイドルに、なれるといいね」

 雪歩の言葉に、真美はうーんと唸った。しばらく険しい顔をして、あ。と明るい顔になる。

「ゆきぴょんが、魔法をかけてよ。真美が、トップアイドルになれるように!」
「魔法なんてなくても、大丈夫だよ」
「なんでなんで? 律っちゃんもゆきぴょんも、魔法をかけられたって、兄ちゃん言ってたよ」
「あのね、大丈夫なの。大丈夫になることが、一番の魔法なの」

 まだ解らない顔をしている真美に、雪歩は言い聞かせる。今はすぐに解ってもらえないかも
知れないけど、雪歩は魔法をかけてあげるつもりは無かった。魔法はきっと、真美が見つける
からだ。

「サンタさんも、当てにしちゃダメだからね?」

 そう言って雪歩は笑う。さあっと風が吹いて、空一面に桜が散った。きれいだねゆきぴょん!
真美が両手を掲げて喜んでいる。桜の雪を見上げて、雪歩は静かに目を閉じた。


(――つれてきて御覧なさい)


 辿りつけるかどうかは解らない。それでも見せたいものがあった。雪歩が見せて貰ったもの。
連れて行って貰った場所。高みの果てに置かれた椅子。そこから見える景色は、綺麗だった。
目を閉じればいつでも思い出せた。振り返ればいつも律子が笑っていた。

 空っぽの手に重みを感じた。雪歩は目を開く。笑顔で駆け出した真美を見て、この先何度も
送り出す背中を見て、雪歩は足を速めた。新しい事務所が、二人の到着を待っている。握った
その手に力を込める。積もった桜の雪の上を、雪歩は一歩ずつ進んでいく。


 桜並木の雪の中を、まっすぐに駆けて行く。





                                 (おわり)
23:20  |  雪歩  |  TB(0)  |  CM(6)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

いつもながら、よくこのイラストからここまでの物語が生まれるよなあ…と感嘆の声が零れ出ちゃいます。
自信を積み重ね、雪歩が本来持っている芯の強さが発揮されていくところに、雪歩の成長を見守る喜びがあるんですがそういった観点でも堪能させていただきました。やはりPが見せてくださる雪歩は大好きです。
そして律子が脇を固めるんだからもう鉄板でした。

07年の雪歩スレで、PのSSを読んでニヤニヤした時から3年が経ちましたが、こうしてまた同じ方の作品を読みつつ雪歩の誕生日を過ごせるのは幸せなことですねヽ(・∀・ )ノ
ありがとうございました!
grossa | 2010年12月25日(土) 00:04 | URL | コメント編集

>grossaさん

ネタ元になった一枚目のイラストをお預かりしたのは、夏のはじめだったのですが
こんな表情の雪歩を見たのは初めてで、考えているうちに冬になってしまいました。

で、でも誕生日ってことでいいですよね! ね!

***

雪歩とサンタのSSは、以前からいくつか書いてきましたが
「いつもサンタを信じている雪歩が、 サンタなんていないと言ったら面白いかも」
……と思って、今回のSSを書いてみました。

いつもと違う雪歩と律子のコンビをみて、楽しんで頂けましたら幸いです。

今年も雪歩SSでクリスマスをお祝いできて、一仕事終えた気分でホッとしています。
これから先も末長く雪歩を可愛がっていきましょう(・∀・ )!
寓話 | 2010年12月25日(土) 20:36 | URL | コメント編集

おつかれさまでした!

7月にネタ振りをしてから、足かけ何ヶ月かしらw
かれこれ半年近くイラストと格闘してくださったことに、まずは感謝を。

できあがったSSを読ませてもらって、やっぱりイラスト描いてよかったな、というのが率直な思いですね。
簡単なネタではないという自覚はありましたけど、きっと寓話さんならやってくれるだろうという期待もありました。

お題としてイラストを描きはしましたが、いわゆる「正解」というものを僕は全く考えていませんでした。一瞬の場面を切り取りはしたけれど、それが如何なる背景を持っているのかということは敢えて想定しなかったんです。まぁ、何か真剣勝負しなきゃいけない事情があったんだろうな、程度で。
そのせいでかえって悩ませてしまったかもしれませんね。
けれど、紆余曲折の末に見事なSSを書いてくださった。そのことが、素直に嬉しいです。

いずれまたネタ振りするかもしれませんが、そのときはよろしくお願いしますね(^^
晴嵐改 | 2010年12月26日(日) 22:44 | URL | コメント編集

どうもです。

雪歩って成長譚が似合う子ですよね。
最初ダメダメなんだけど、段々と強くなっていって、最後は
「成長したなぁ。強くなったなぁ」ってしみじみする。

このSSは、そういう点を引き出すと同時に、律子や真美といった脇を
固めるキャラも、うまく味が出ていて、単なる引き立て役で終わって
いないのが、素敵だなあって思いました。
肉塊 | 2010年12月27日(月) 21:29 | URL | コメント編集

>晴嵐改さん

たいへん長らくお待たせしてしまいました。
無事にSSをお返しすることができて、ホッとしています。

「正解は無いから、好きなように書いて結構ですよ」と言われ
あーでもないこーでもない、と考える時間がなにより楽しかったです。

対のイラストが追加され、律子の表情がオープンになったことで
二枚に増えたイラストを、どう繋ごう?と、創作意欲を刺激されました。

イラストからアイデアを膨らませ、そのイラストを核としたSSを書くのはすごく楽しいので
もっといろんなパターンを試してみたいなーと考えています。
最近はpixivでも、挿絵がつけられる小説機能があるので、いろいろやってみたいですね。(チラッ)

是非また、楽しいネタ振りをお待ちしております。
素敵なイラストをありがとうございました!
寓話 | 2010年12月28日(火) 08:19 | URL | コメント編集

>肉塊さん

雪歩は弱い部分ありきの強い子なので、ダメっぷりは外せないですね。
もちろん他の子でもそういうところはあって、律子でも伊織でも千早でも、
弱いところをどう受け入れて自分を変えるか、が一つのカタルシスなのかなって思います。

雪歩に限らず、律子や真美にもそれぞれのアイドルのレールが存在していて、
雪歩が変わったことで、二人のレールもポイントが切り替わったらいいなと思っていました。
読み終わってそれが映っていたら、とても嬉しいです。

コメントどうもありがとうございました。次は半年後の律子誕生日に!
寓話 | 2010年12月28日(火) 08:47 | URL | コメント編集

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