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2010'02.01 (Mon)

スイッチ

「一枚絵で書いてみm@ster」参加作品です

※980行

***

【More】

<1>


「ねえ千早。ボクと一緒にオーディションに出ない?」

 千早がソファの背後を振り返ると、イヤホンを外した犯人の真が笑っていた。
 音楽を中断されたことはさておき、なんだか機嫌がよさそうねと応じる。

「二人一組のエントリーが条件なんだ。来月の三週目は空いてるって聞いたんだけど」
「ええ。予定されていた出張が延期になったの」

 真も千早も、お互いソロユニットで活動しているアイドルだ。同じオーディションで合格枠を
競ったことはあっても、共同戦線をはったことは一度もない。互いの長所を存じているだけに、
さそわれた千早は慎重に検討する。ダンスの得意な真だ。自分は足を引っぱらないだろうか?

「このオーディションなんだけどさ」

 真が黒い携帯をさし出す。画面には、開催が予定されているオーディション日程の一覧が
表示されていた。そのうちのひとつ、赤枠で強調されている項目に、千早の視線がとまる。

<締め切り間近! 定員:40組80名 ※ランクを問わず全てのアイドル対象>

「ダンスマスターは知ってるだろ? 千早は、ボーカルマスターのほうが興味深いかな」
「まだ先の話よ。それにあれは、ほんの一握りのアイドルしか出られないって聞いたわ」
「でも、この中で上位三組に入賞できれば、両方の出場権があたえられるんだよ」

 どうかな。尋ねられた千早が反射的に顔をあげる。笑ってはいても、真のその目は真剣だ。
マスターの冠がついたオーディションは、その名のごとく、誰もが認める頂点試合。伝統ある
オーディションの太鼓判欲しさに、あちこちの事務所が少ない参加枠をねらっている。
 頂点中の頂点アイドルならば、輝かしい戦歴をかかげて出場権を獲得することができても、
その下に控えるアイドルたちは、予選会を何度も何度も勝ち抜けなくてはいけなかった。

 予想よりもずっと早くころがりこんできたビッグチャンスに、千早の思考がぐるぐるとまわる。
歌の頂点に手を伸ばすには少し早くないだろうか。それとも、さそいに乗ってみるべきだろうか。
実力を試すのには、いい機会かもしれない。それが一人でないなら尚更だ。

「先にうかがっておくわ。真の勝算はどれほど?」
「もしボクと手を組んでくれるのなら、おつりを用意するよ」

 千早は携帯をさし出す。真は黙ってそれを受けとる。
 受け取っても、その手は宙にさし出されたまま。ぱしん。真は笑顔で強く握りかえした。



 交渉が成立した後日、反論があがった。真クンずるい!ミキも千早さんと歌いたかったの!

「ミキはずっとタイクツしてたのに、二人だけ楽しそうなコトするなんてずるいって思うな」
「た、楽しいわけじゃないぞ。歌とダンスに自信のある子が山ほど集まるんだから」
「私達は、エントリーできただけでも幸運だったのよ。次は一緒に出ましょう」
「むー」

 美希は頬をふくらませる。遊びじゃないんだと、二人はオーディションの厳しさを説くが、
本番にむけて相談する真と千早の様子は、やっぱり美希には楽しそうにしか見えなくて。
 つまんないのとふてくされる美希に、他のオーディションをさがしてみようかと高木社長が
尋ねる。けれど美希はいつもの調子で、退屈そうな欠伸をひとつ返しただけだった。

「べつに、ミキ、オーディションに出たいわけじゃないもん」

 美希の小さな呟きは、事務所のレッスン室まではとどかない。二人とも仕事の合間をぬって
自主練習にはげんでいる。エントリーしたアイドルの中には、長らくデュオユニットを組んで
いた経験者もいるだろう。二人にはキャリアが無い。オーディションの当日までに、どこまで
互いの息を合わせられるかが、勝負を決める。

 それでも真は思う。こんなに頼もしいペアはいないな、と。

 即興で組んだペアとはいえ、千早の歌唱力はほかに類を見ない強さだ。与えられた曲に対し、
自分の居場所を把握すれば、少しも離れることなく合わせてくれる。真が持ち場を離れれば、
すぐに指摘がとんでくる。千早の目には、音程も音域も見えているようだ。お互いの居場所を
守っていれば、真はこの上なく自由に歌うことができた。一人で歌うより、遥かにのびのびと。

 オーディション案内によれば、課題曲と自由曲を1曲ずつ決めてくるようにと言われている。
自分達でえらぶ自由曲とは別に、課題曲の方はリストが10曲ほど提示されている。いずれも
有名なトップアイドルの歌だ。ラジオや歌番組でしょっちゅう聞いた曲が、ずらりとならんで
いる。
 どの曲もよく耳にしたことがあるだけに、これといった決め手に欠ける。どれがいいかなと、
判断をあおぐ真に、どれでもかまわないわよと千早は言った。

「私は、ダンスの面で不安があるから。練習しやすい曲を選んでもらえないかしら」

 それならお安い御用さと胸を叩いて、翌日真は、自信満々で1曲のテープを千早に渡した。
やたらと振りつけの可愛いアイドルソングだった。真のとなりで映像を拝見していた千早は、
そのゆるぎない可愛さに思わず沈黙を返したが、真が魅力を発揮できるのならと了承する。
 それに、覚えるだけなら難しくはなかった。ダンスが易しいのなら、歌でフォローできる。
真の教えは的確だった。歌のことばかり先行して考える千早を叱り、ダンスはダンスで考える
よう、くりかえし説く。上手なダンスだよ。でも歌のことを少しだけ忘れるともっと良くなる。

 練習をかさねながら、オーディションの月に突入した。千早は残り期間、仕事以外の空いて
いるスケジュールを、真とのセッション練習でうめた。真のほうもまた、三週間近くにわたり、
事務所の自主レッスン室の名前を、ずっと使用欄から消すことはなかった。

「まだ不安なところはあるかい?」
「いいえ。真は?」

 真は首を横に振る。なら大丈夫ねと千早が応じる。まだ残っていたのかとプロデューサーに
声をかけられて、ばたばたと慌ただしくレッスン室に鍵をかける。こんなふうに居残り練習を
するのも、ひとまずは今日が最後だ。
 オーディション前日の事務所の外には、翌日の快晴を約束するような空がひろがっていた。





<2>


 オーディションの開催会場は、立派な音楽ホールだった。主にオーケストラ向けのホールを
いくつも有している。真は以前、このあたりの海沿いまで、仕事で撮影にきたことがあった。
見覚えのある建物と風景を目にして、ほんのすこし緊張がほぐれる。

「すばらしいホールですね。私もいつか、このような場所でコンサートを開いてみたいです」
「一般のオーディション会場より大規模だからな。二人とも、中で迷子にならないでくれよ?」
「大丈夫ですよ、プロデューサー。少なくともボクと千早はずっと一緒にいますから」

 控え室から出てきた参加者が集められたのは、街の様子が一望できるレセプションホール。
会場入りしたときには、年相応の顔つきをしていた女の子も、そろって本番直前のアイドルの
顔に変わっていた。誰もが真剣なまなざしを向ける。空気が色をかえていく。
 ホール後ろの方、関係者の集まりのなかから、プロデューサーがざっと目を通しただけでも、
有名な歌番組で見たことのある顔がゴロゴロしている。真と千早も、この中のひとりだ。
 エントリー数、40組80人。一日がかりのオーディションは、午前の予選で半数が落とされる
という。本選は午後からだ。まずは予選を通過しないことには何も始まらない。おそらく大勢
いると思われる審査員達から、合格点をもらわなくては。

「すごい人数だね、千早」
「そうね。普段のオーディションとくらべても、スタッフの数が段違いだわ」

 主催者のあいさつを聞きながら、正面を向いたまま小声でささやく。オリンピックの大会に
出場した気分だ。ここにいる80人ものアイドルの中から、うまく審査員にみつけてもらえる
だろうか。自然と視線が隣に向かって、同じ表情になった。大丈夫。うまくいくよ。

 参加アイドル全員の健闘を祈った主催者は、あいさつも程々にマイクスタンドから離れた。
いれかわるようにしてマイクを前にした進行役のスタッフが、80人ものアイドル達と、その
関係者をざっと見わたして口を開く。

「では、いまからペアを二手に分割します。審査ルールは、それぞれで異なるものを用います。
 二人分の採点を足して、二で割った数字が、そのペアにあたえられる点数となります」

 動揺は一瞬で広まった。ざわざわとした不穏な空気がホールの中をながれていく。
 たしかにエントリーの条件は二人一組だったが、オーディションにおいて二人を同時に評価
するとは示されていなかった。魅力的な報酬を目の前にして、強固な枷が全員の足にがちりと
填められる。

 真が渋い顔のまま腕を組み、千早は次の発言をだまって待つ。

 ざわめきが収まらないホールの中、少し間をおいてから、スタッフはゆっくり言葉を続けた。
この動揺をしずめるための説明は、この場にいる誰もがすぐに理解できる内容となって伝わる。

「ペアを組まれたお二人のうち、年上のかたは、右側の赤い枠へと集まってください。
 年下のかたは、左側の青い枠へと集まってください」

 レセプションホールの左右に、細いラインで囲まれたエリアがある。オーディションは既に
はじまっていた。真と千早はお互いに、それじゃあと片手をあげて各々の居場所へと向かう。
心の奥に不安を押し込んで。いわゆる年少グループに相当する、青いラインの枠の中へと足を
踏みいれた千早は、まだ表情を硬くしている。

「これより各ホールにおきまして、課題曲を用いた予選オーディションを行います。
 赤い枠内のかたはボーカルのみの審査、青い枠内のかたはダンスのみの審査を行います」

 ぴしっ。千早が硬直する。審査制限は午後の本選も継続すると告げられ、眩暈さえおぼえた。
千早にとって、歌のないオーディションほど不本意かつ悲惨なものはない。自分の火力を全て
没収されたにも等しい。反射的に何か言いたくなるのをぐっと押しとどめられたのは、これが
単独エントリーではなかったから。

(いけない、真は大丈夫かしら)

 頭に浮かんだのは、ダンスが可愛いアイドルソングを、熱を入れて鏡の前で練習していた姿。
磨きをかけてきたダンスも、ボーカル審査のみと一蹴されれば、披露できるチャンスすらない。

 自分があちら側にいられたなら。苦虫を噛みつぶしたような渋い顔で、千早は靴先に視線を
落とした。勝負を捨てたわけではないが、奮い立つだけの炎が大分不足している。ふと脳裏に、
誰かの明るい声がよぎった。

“約束だよ、千早さん。次はミキといっしょに出ようね?”

 そうね。千早は相槌をうつ。それが良かったのかもしれないわ。

 胸のうちで肯定したところで、今さらルールはひっくり返らない。もしかしたら次の時には、
特別ルールは変わっているかもしれないのだ。合格者の報酬が手に入らないとすれば、それは
ただ、自分の実力が一歩足りなかっただけに過ぎないのだから。

 足りていれば手に入るはずだ。千早はそう考えた。そう考える以外に、動く理由がみあたら
なかった。歌のないステージの上で、審査員達にみつけてもらうために。重いため息をレセプ
ションホールに残して、千早は今日のステージへと向かった。





<3>


 ざわついた空間からようやく開放され、プロデューサーは会場内をひとりで移動していた。
今日のオーディションは二つの大ホールで行われている。一方がボーカルで、一方がダンスだ。
あのレセプションホールを出て、フロアを移動した先の中央ホールから、左右につながる扉を
通じて行き来することになる。

 途中経過は、中央ホールの電光掲示板にずらりと表示される。アイドルのエントリー番号と
採点を見くらべて、現在の順位をチェックしなくてはいけない。プロデューサーに与えられて
いる番号は、千早が青の12、真が赤の34。

「真は、ずいぶん遅い番号だな。スタートダッシュが遅かったのかな?」

 ダンス禁止の宣告をうけて、赤い枠の中で固まった真の姿を、プロデューサーは見ていない。
不意をつかれた特別ルールに動揺をうけたとしても、オーディションにエントリーした以上は、
ステージで己を存分にみせてこなくてはいけない。プロデューサーにしてやれることは二人の
サポート止まり。動揺とは別のところで、二人がつまづく石をどけてやるのが仕事だ。
 今日のオーディションで使われる曲は、いずれも全てフルサイズ。およそ一人あたり6分の
持ち時間を計算して、プロデューサーは先に、千早のいるダンス審査の会場へとむかった。

「おお。ずいぶん広いステージじゃないか」

 思わずうれしい声があがった。大編成のオーケストラにもつかわれている立派なステージは、
奥行きがひろく、そして天井が高い。ここに765プロのアイドルを全員集めても、余裕がある
広さだ。3階まである観覧席は、アルファベットで前後左右のブロックに区分けされており、
1000席近くを有している1階部分のすべてが、オーディションの観覧場所に定められていた。

 上を向けばモニター用のカメラレンズがいくつも光っている。簡単な仕切りの壁で囲まれた
左右端の席には、いずれも審査員が二人ずつ座っていた。観覧席のはるか奥、ステージからは
小窓しか確認できない照明席の中でも、カメラを使ったモニター審査が行われているのだろう。
これほどたくさんのアイドルを評価するには、ジャッジも相当な人数が控えているはずだ。

 課題曲を用いる予選オーディションで、落とされるのは40人。上位に残った20組だけが、
自由曲を用いる、本選オーディションに足をすすめることができる。

 現在プロデューサーがながめているステージでは、知らない事務所のアイドルが、ダンスを
踊っている。会場にながれている曲は、既存の歌が入ったもの。アイドルはまったく歌わない。
マイクさえ手にしていなかった。それでも咄嗟に口がうごき、右手はマイクの場所へと移るが、
時間が経過していくにつれ、最終的には誰もがダンス一本の勝負へとシフトチェンジしていく。

(千早は、こういう審査は苦手かもしれないな)

 反射的に考えてしまう。そうでなくとも、戸惑いはあるだろう。なるべく早く慣れてほしい
とは思う。だがそれすらも審査員には伝わってしまうはずだ。やりなれないステージの上で、
どこまでポイントを得られるかで、真と千早、二人分の合否が決まる。
 審査に用いる採点は、平均を5.00にとった7点満点制。一般のオーディションでもひろく
使われている制度だ。だが40人ともなると、採点はシビアなものになる。実力が拮抗して、
ランクが被ればなおさらだ。コンマ二桁を争うのも当たり前。わずかなミスも命取りになる。

 そんな中でステージにあがった千早の演技は、正に可もなく不可もなく、というものだった。

 無難にダンスを終わらせた千早に、あたえられた点数は5.65。
 上位に入りこむには、若干の物足りなさがある数字だ。

 ダンスアピールに優れた真ならば、あわよくば6点越えを狙えたかもしれない。アピールの
タイミングをみのがしていたとも言えるだろう。千早の順位は、20人の審査が終了した時点で、
上からかぞえて9番目。
 BランクCランクがごろごろしている中、あたりが悪ければ、のこる20人に追い抜かされる
こともありうる。これがボーカル審査だったなら。席を立ちあがったプロデューサーは思わず
そう考えるが、すぐに余計な思考を消した。おそらく本人が一番痛感しているはずだからだ。



 今の時間、控え室には、まばらにしか人がいなかった。他のアイドルの審査を見ているか、
順位のわかる中央ホールにいるのだろう。やたらと広く感じる部屋のなか、整然と並べられた
ソファのひとつに、千早が腰をおろしていた。

「お疲れ、千早。少しギクシャクしていたか」
「プロデューサー」

 申し訳ありません。千早は浮かない顔をする。私は、真の足を引っぱっていないでしょうか?

「千早が謝ることはないさ。そもそも真がさそったんだろう?」
「全力を出しきれた感覚が、ほとんどありません。真のダンスを意識しすぎてしまいました。
 ……歌がなくなったステージの上で、自分を表現するのは、難しいですね」

 そこには戸惑いがあった。歌を封じられた千早だが、けしてダンスが下手なわけではない。
ただ、アピールすることを慣れていないだけなのだ。“ダンスが得意な如月千早”という姿を、
千早はだれかに見せたことがない。皆が知っている千早は、“歌が得意な如月千早”なのだ。

「真の審査はこれからなんだ。千早も見にいくか?」
「……いえ。私はここで待ちます」

 千早は首を横に振った。そして続ける。真も、私には見られたくないような気がして。
 プロデューサーは了解する。相手が得意とするジャンルにおいて、足を引っぱってしまう
ほど辛いことはない。ソファに座ったままの千早に声をかけ、プロデューサーはもう片方の
オーディション会場へと戻っていく。





<4>


 いわゆるランダム条件をかかげた大規模オーディションは、ここ近年ぽつぽつと開催される
ようになった。審査にかかる特別ルールが、オーディション当日まで不鮮明なのは、とっさの
状態から己の実力をアピールできるかどうかを量るためのもの。そのため、アイドルは事前に
傾向と対策を練ることができない。ギャンブル性の高さもあって、我こそはと腕に自信のある
アイドルたちが、幅広いランクからエントリーしてくるのが一番の特徴だった。

 運と実力の両方に恵まれたわずかなアイドルだけが、合格者の椅子に座ることができる。
そういう意味では、今日の真と千早は、片方の神様にそっぽを向かれたのかもしれない。

 プロデューサーがボーカル審査会場の扉を押しひらくと、ダンス審査会場とはちがう空気が
頬をなでた。造りは同じホールなのに、流れている空気がまったくちがう。アイドルの歌声が、
会場を満たしている。それだけがすべて。ほかは余計だと言わんばかりの雰囲気。
 なにしろ誰も動かないのだ。踊らない方が歌に力を注げるのは明らかだが、それにしたって
動かない。その場での身振り手振り程度で、ほぼ歌のみを聴かせる、しずかなステージ。

(まずいな。こんなに足音がしないステージも珍しいぞ)

 プロデューサーと同じ考えを、ステージ袖にひかえている真も浮かべていた。今となっては、
課題曲にえらんだ、ダンスの可愛い曲が頭をなやませる。直前になってバラードの課題曲へと
チェンジする器用さは真にはなかった。いままでにライブで歌ったことのある曲ならまだしも、
咄嗟のカラオケ勝負にでたところで、万に一つも勝ち目は見られない。

 これが千早ならと考える。街だろうと屋上だろうと、ひとりだって堂々と歌ってしまうだろう。
それは真が、ステージの上において即興で決めるダンスと同じだ。ダンスに対するアドリブは
利いても、歌に対するアドリブの手数が、絶対的に不足している。真は両手でがしがしと頭を
かき乱す。ここ一番の最悪な心境で、ふと聞きおぼえのある元気な声が、脳裏にひびく。

“真クンは、やっぱり、カッコ良くなきゃダメなの!”

 そうだね。真は胸で応答する。でもボク今日は踊れないんだよ。応じながらへこんでしまう。
事務所であれだけふくれていた美希が、今日のステージを見たら一体どんな顔をするだろう。
番号と名前を呼ばれた真は、首をふるって立ち上がった。どうか泣きそうな顔をしていないと
いいと思いながら。



 二つに分けられた審査会場のうち、わずかに年齢層の高くなったボーカル区分のほうが、
激しい採点争いになった。ボーカル審査において、6.00以上のスコアをもつアイドルが9人。
そのうち6.50以上が3人いる。真は5.30というシビアなスコアで、38人を終えて22番という
ボーダーラインに引っかかってしまう位置にいた。

「うーん。今回は二人とも運にふりまわされてしまったかな。……あれっ?」

 中央ホールに戻って、電光掲示板を確認していたプロデューサーの視線が、一点でとまる。
そこに示されているのは、番号と採点と順位と、所属している事務所の文字。
 今日のオーディションで、765プロの冠がつけられたアイドルは、真と千早の二人だけだと
思っていた。だがよく見れば、ほかにも765プロの表示がついたアイドルがいる。

「これは……」
「おお君。君じゃないか。菊地君の調子はどうだね。いつもの熱いガッツはこれからかな」
「あっ、社長! いらしてたんですか!?」
「はっはっは。これでも昔は、熱血で名高いイケメンプロデューサーだったのだぞ。
 オーディションに参加したがるアイドルの手助けをするくらい、お手のものだ」
「じゃ、じゃあ。あれはやっぱり、うちの参加者なんですか」
「うむ。菊地君と如月君がエントリーしたときいて、とても強い興味を示したようでね。
 本人たちの希望もあり、時間の合間をぬって、レッスンをみてやっていたのだが」

 40番目の電光掲示が点ったのを確認した高木社長は、ふっと穏やかな笑いを浮かべる。

「じつに頼もしい子たちだ」

 千早のいるダンス審査のブロックでは、一斉に39人分のアイドルの順位が変動した。
 真のいるボーカル審査のブロックでは、最後まで一人目のアイドルの順位が変動しなかった。

 80人の審査をすべて終え、予選オーディションを一位で通過したアイドルにつけられた点は
ダンス審査6.75。ボーカル審査6.85。
 それは、いずれも高木社長がつれてきた、765プロのアイドルの得点だった。

「私はこれから、午後の本選にむけて準備をととのえなくてはいかんな。
 さて、あの子たちは一体どこへ行ってしまったのやら」



「社長ー。どこいっちゃったんだよー、社長ー」
「控え室にもどりましょう、響。高木殿が捜しているやもしれませんよ」
「え。まだ真たちに会ってないのに?」
「相見えるのはステージの上だと、おっしゃっていたのは響ではありませんか」

 だってさー。響は貴音を見上げる。真がいるのって、そっちのステージじゃないか。

「条件が噛みあわなかったのは、仕方のないことです。それでも、調子は優れぬ様子でしたが」
「自分ほんとは、真と同じブロックでオーディションやりたかったんだけどなー」
「御二方とて、簡単に引きさがるお方ではありません。油断すれば、足元をすくわれますよ」
「わ、わかってるよ。ステージの前に社長と約束したからな。
 むこうが本調子じゃなくても全力で勝つって。……ん?」
「どうかしましたか、響?」
「いや、いま誰かそこにいたような気がして――」


 二人の会話を耳にしていた人影が、黙ってその場をはなれ、靴音たかく通路をかけていく。





<5>


 首をおとされる直前のところで、真と千早は合格枠にすべりこんだ。40組中の20位通過。
スタッフから合格の連絡をうけたプロデューサーは、心臓に悪すぎると呟いて胸を擦った。
予選の得点は、本選の審査と全く関係ないとはいっても、ペアの順位は現時点で最下位だ。
一時間後、勝ちあがった20組でふたたび競いあわなくてはならない。

 控え室において、プロデューサーから予選通過とホールでのやりとりを聞いた真と千早は、
ひとまず合格を安堵しつつも、そろって複雑そうな表情になった。

「我那覇さんたちも参加していたのですね。控え室がはなれていて、気づきませんでした」
「参ったなあ。せめてダンスならいいけど、千早だってボクだって本領発揮できないのに」
「席をひとつ埋められるのは確実だろうな。となれば、残りの2席を19組で奪い合いだ」

 すでに予選を敗退したアイドルは、観覧する者をのぞけば帰りはじめている。人数の減った
控え室の中で、千早は言葉をさがし、真はうんうん唸っている。気が重い状態では、昼食にも
あまり手が伸びなかった。黙って沈んでいるのも気がひけたプロデューサーは、立ち上がって
明るく声をかける。

「気にするな、午後の審査は通過順だ。出番までには時間があるから、お茶でも買ってくるよ」

 控え室のドアをぬけた先には、一人の客がいた。プロデューサーは意外な顔をする。美希だ。
どうしたんだ、一人できたのか?中に聞こえないように尋ねると、社長についてきたのと言う。

「響と貴音がね、真クンたちと勝負するってきいたから、ミキも見にきたの」
「そうか。みんなの応援にきてくれたんだな」
「ミキは二人の味方だよ。だって、真クンと千早さんがホンキだしたら、無敵だもん。
 ね、プロデューサーさん。そうでしょ?」
「どうだろうな。二人とも今日はちょっと本調子じゃなくてさ」
「やっぱりダメなの?」
「わからない。真と千早に会っていかないのか?」

 美希は少し困った様子だった。響と貴音にむかって威勢よくタンカをきってはきたものの、
目にした結果は芳しくない。美希がみたかったものは、だれよりもダンスのキレが鋭い真と、
ボーカルで圧倒する千早であって、不得意ジャンルで全力を出し切れずにステージを降りる
後ろ姿など、美希が望んだものではなかった。
 言葉をさがして黙りこんだ美希に、プロデューサーは静かに声をかける。

「美希が会いたくなければ、構わないよ。観覧席にいれば、嫌でも目に入ってくれるさ」
「ミキの姿は見えてる?」
「そりゃ見えてるだろう。美希は目立つからな。居眠りしてたって一発だ」
「そっか……それじゃ、やっぱり変わんないんだ……」
「うん?」
「ありがと、プロデューサーさん。ミキもう行くね。ばいばい」
「あ。み、美希?」

 あっという間にいなくなった美希は、それっきり控え室に顔をのぞかせることもなかった。
プロデューサーがお茶を買って戻ったときには、千早はイヤホンを耳に音楽を聴いていたし、
真は頭を抱えたまま動かない。おそらく美希が顔を出したとしても、沈んだ雰囲気を一掃する
のはむずかしいだろう。
 買ってきたお茶を置くと、プロデューサーは静かに席を立った。午後の審査をどう動くかは、
真と千早次第だ。前もって練習していた自由曲はメリーだったが、この状態からでは曲変更も
考えにいれる必要があるだろう。二人から提示されても即動けるように、プロデューサーは
荷物を預けたクロークへと向かった。

 プロデューサーが置いていったお茶を前に、千早はじっと考えに沈んでいた。同じホールに
存在する響を意識するだけで、ぴりぴりした空気が肌をさす。渡り合うことはできるだろうか。
それともやっぱり――

 脇においていた青い携帯が震えて、悪い予感から意識を引きもどされた。慌てて蓋をひらく。
送信者の表示に意表をつかれ、そこから続く内容にまばたきを忘れる。



『おつかれさま、千早さん。ミキだよ。

 ミキ、つまんなくなっちゃった。真クンも千早さんも、ちっともカッコよくないんだもん。
 ミキがねむくなっちゃうようなオ→ディション、みんなはおもしろいのかな? 
 社長はおもしろいって言ってるけど、ミキは期待ハズレでガッカリってカンジ。は→。
 ミキ的にはちゃんと、二人とも応援したいんだけど、あと半分もあるなんてムリ…(>_<)

 でも一応、社長には、
 「みなさい」
 って言われてるから、ミキもなるべくがんばるので、二人もがんばってね。じゃあね☆ミ 』



 携帯を眺めたままじっと動かない千早が、いつしか口の両端をあげているのに、真が気づいた。
どうしたの千早。ソファの背に両手をついて身体ごと覗きこむ。なんだかずいぶん嬉しそうだね。
促されるままに内容をそのまま伝えた千早は、真と視線を交わすと、困ったような顔で笑った。

「美希は相当怒っているみたいね」
「やっぱりあれ、そうだったんだ。悪いところ見せちゃったな」

 思い当たる節のある真が、片手で頭をかいた。いつもならショックなんて受けない、美希の
あくびを前にして、あんなにダメージを受けたのも初めてだったからだ。審査員もおどろいた
だろう。重ねて動揺した真は、ステージの途中で、文字通り表情をなくしてしまったのだから。

 あれが美希の反抗心だとすれば、真も反省の意を示す必要があるだろう。観客が退屈して
いるステージなど、菊地真が望むところではない。相手が身内ならなおさらだ。
 予選をふりかえった千早も同意する。美希は最後までうたた寝していたわねと呟いて。

 考えを巡らせていた真が、静かに口をひらいた。

「どうする千早。メリーは使えないよ。あれはボクだけの曲じゃない」




<6>


 ひとりで歌うには寂しすぎる。真は言った。春香とやよいと、美希がいなくちゃダメなんだ。

「もちろん千早もね」
「忘れられたのかと思った。……でも、そうね。私も一人じゃ踊れないわ」
「二人がギリギリの線だったけどね。ソロには向かないよ」
「曲を変える?」
「うん」
「何に?」
「……わからない。何がいいのか」

 真のトーンが低くなる。持ち歌のボーカル曲はいくつかあっても、真のダンスを封じてまで
価値を維持できる曲は少ない。エージェント夜を往くも、迷走Mindも、自転車も、棒立ちで
突っ立って歌う曲ではない。あの疾走感は、真がステージの上を駆けまわってこそ生じるもの
だからだ。

 千早も考えを巡らせる。自分の持ち歌ならダンス一本でもいけなくはない。ただひとつだけ
不安なのは、歌のほうへと意識が飛んでしまうこと。蒼い鳥も、目が逢う瞬間も、arcadiaも、
曲がながれれば嫌でも歌うことを意識してしまう。身体が曲を認識すればするほど、歌わない
違和感に動きが委縮してしまう。

 千早のとなりに腰を降ろした真が、前を向いたままたずねる。

「課題曲を決めるとき、千早はボクに聞いたよね。練習しやすい曲を選んでくれって」
「ええ。私はダンスにうといから。細かい注意までは気をくばれないし」
「ボクの自由曲を選んでくれないか?」
「私が?」
「うん。ボクが一人で歌っても、どうにかサマになりそうな曲をたのむよ」
「難しいリクエストね」
「ボクは独唱にうといから。ほら、細かい注意までは気をくばれないし」

 その通りだった。その通りすぎて、何だか笑ってしまった。こんなつもりじゃなかったのに。
もっと違う結果を。そう。互いの成果がこれでもかと発揮できたステージを見せて。審査員を
総立ちさせて。席にいる観客を沸かせて。そういうイメージを積んできたはずだった。なのに
結果はどうだ。赤点ギリギリ、合格した20組中、実に20番目という最下位通過で。美希にも
さんざん呆れられて。

 ――美希に。

「あ」

 千早が声を出す。何か浮かんだ?真が嬉しそうな顔をする。
 浮かんだわと呟く千早が、一瞬その目に迷いと困惑の色を浮かべて、首を振って消しさる。

「試合を捨てましょう。真」
「えっ」
「このまま続けても、1位どころか合格枠にも手が届かないわ。
 四条さんも我那覇さんも、試合の手を抜くなんて有りえないことよ」
「他にやりたいことでも、見つかったのかい?」
「ええ。とても大事なことよ。真がやってくれるのなら、私もそれを望むわ」

 真が意外そうな顔をする。普段あれほど確固としたステージを望む千早が、それを捨てると
いう。それは真にとって意外でもあり、反面とても面白そうな予感がした。見に行けないのが
くやしいとさえ思えるほどの。そもそも二人は最下位なのだ。最後のトリを務めるというのに、
千早は試合を捨てようと言っている。期待されていないからではなく、誰もが疲れている後半
だからではなく、もっとなにか、大事な理由を持ち合わせて。

「千早、ボクは何を歌えばいい?」
「私の曲よ。とっておきがあるの」
「すこし練習が必要だな。ギリギリまで時間がとれるといいけど」
「プロデューサーと相談しましょう。楽団のための練習室があるはずだわ」
「千早は一体何をしでかすんだ?」
「真が普段やらかしそうなことをするだけよ」
「え?」
「私は真の曲でダンスを踊るわ。真が歌っている曲を借りて」
「そうか、千早はダンス専門だったね。ボクは伴奏しか借りられないのが残念だよ」
「ええ。とびきり素敵な伴奏を提供するわ」

――イヤホンを外した誰かさんのせいで、中断されたのが残念だったの。

 控え室をあとにした千早がそう告げるのと、一拍考えた真が、廊下を歩くプロデューサーを
見つけたのは同時だった。そろって名前を呼ぶ二人に気付き、片手にブリーフケースを提げた
プロデューサーが足をとめる。

「どうした、二人とも。練習にいくのか?」
「はい。できれば出番の直前まで、どこかで真と練習できたらと」
「わかった。スタッフに相談してみよう。俺は午後の自由曲を提出するよう言われているんだ」
「あの、プロデューサー。ボク達メリーは歌いません。ボクらの音源は持っていますか?」
「ああ勿論だ。それで二人とも、何を歌う?」

 真が千早を見る。千早はまっすぐ前を向いて、考えている曲目をプロデューサーに告げた。
 曲を聞いたプロデューサーは、虚を突かれたような表情になった。千早は視線をそらさない。
千早の考えをくんだ真も、並んでまっすぐ正面を向いている。こうなると二人はとても頑固だ。
何か言ったところで止まるはずもない。
 ひとつ頷いたプロデューサーは、二人の肩を順番にたたくと、わかったよと告げた。

 二人の頭の中が、互いのステージのことで一杯なのも、良くわかったからだ。





<7>


 ボーカル審査会場において、午後の審査はとどこおりなく進んでいた。大勢の審査を続けて
きたスタッフたちが、瞼を押さえはじめ、軽い疲労をおぼえはじめている。いくら交代制とは
いえ、審査するアイドルは多い。飽きもくる。退屈をいい加減に払拭したいと、考えはじめて
しまうころ。

 最初にマイクを取ったアイドルが、頭一つ抜けて上手かったことが、残りのアイドル審査に
波を生じさせていた。けして下手なわけではない。力量もあるし華もある。それでも、最初の
歌声と比較すると、それほどでもないかと思ってしまう。退屈からそう思わせてしまうだけの
淀んだ空気が、ボーカル審査会場には流れてしまっていた。

「では、私は美希君を待たせているから、ダンス審査会場の方に向かうよ」
「はい。のちほどお会いしましょう、高木殿」
「自分、真のステージ見たいから、貴音とこっちの会場にいるよ」

 ほぼ合格枠を圏内に捉えた二人が、並んで高木社長を見送る。真の姿はまだ見かけていない。
どこかでまだ練習しているのかなと、響は思った。ダンスができないのは可哀想だなとも。

「こっちの会場、なーんか地味だな。朗読会って感じだ」
「まあ、響」
「向こうのホールは楽しかったぞ。でもやっぱり、真がいないと、
 ちょっと物足りない感じはしたけどさ」
「確かに、このような淀んだ空気を払拭できるような歌声には、
 いまだお見受けできておりませんね」
「だろ? 千早がここに居たら変えられたんじゃないかなー」

 やっぱりちょっと残念だったなと、響が呟く。
 20番目のアイドルが名を呼ばれ、とくに変わらぬ空気のまま中央に歩み寄り、そして。

「あ、真だ」

 ぺこりと真が頭を下げる。イントロが流れる。静かなピアノの音。これは……蒼い鳥?

 響は首を傾げる。蒼い鳥は少々直球すぎやしないだろうか。貴音が一番手で下がったあとも、
何人かのアイドルが、千早の持ち歌でもある蒼い鳥をボーカル曲として選考していた。自分の
持ち歌よりも、独唱のイメージが強い蒼い鳥を選んでくるほど、メジャー化してしまっていた。
会場の倦怠感の原因はそこからも生じている。ああまたか。三人目か。そういう空気だ。

 けれど。貴音は違和感に気づく。この蒼い鳥はどこか違う。原曲にないアレンジ。
 ピアノ独奏だと気がついたのは、真が口を開いてからだ。

『……?』

 真を頭上から捉えるカメラが映像を変える。ホール奥の照明室で審査をしていたスタッフが
おかしいなと声をあげている。声が聞こえないぞ、カメラ壊れたんじゃないのか?
 モニターの映像がしきりに切りかわってズームになり、真がその両手を開ききったところで、
審査員はぎょっとした目になって異常に気づいた。

『あ――あの子はマイクを持ってないじゃないか!』

 観覧席に座っていた左右の審査員は、三度目の蒼い鳥を前にして、飽きかけていた両の眼を
見開くはめになった。採点のペンを握るその指先に、腕に、肌に、首筋に。歌声が直に伝わる。
原曲の蒼い鳥とは異なる、ピアノ一本による高度なアレンジ。ほかの楽器が姿をひそめた分、
悲壮感を一層かもしだす。元より音量を抑えているのだろう。耳の奥がいたいと感じるほどに、
会場がしんと静まりかえる。皆がそのピアノを聞き漏らすまいとしている。
 そして真のソロは、最初からその声を手加減することなく、流れるピアノの音量にも負けず、
最後列まで届けと言わんばかりの力強さで、広い観覧席にむかって放たれた。

(無茶だ、真)

 響が顔をしかめる。ピアノの伴奏が共をしているとはいえ、今の真はアカペラ状態に等しい。
あんな歌い方じゃ倒れるぞ。おまけに蒼い鳥はフルで5分以上あるときている。必要な声量と
消費する体力は莫大だ。本当の意味で力尽きて、悲壮な歌手になってしまう。

 だが真はギアを落とさない。普段のステージでは、忙しなく動き回り観客を総立ちにさせる
自慢の両足も、いまは広いステージの上で直立不動している。歌の声量も相まって、まるで
演説者のようだ。何かを力強く観客に説くような、まっすぐで淀みないアルト。

「……」

 それまで黙って拝見していた貴音が、ふと何かの気配を感じて、観覧席の手すりをつかんだ。
そしてそれに気づいて驚く。無意識の内に、歌に震えをおぼえるなど、一体どうしたというのか。
いや、なかったわけではない。如月千早の歌。三浦あずさの独唱。感銘を受けたステージなら、
それこそ幾らでもある。けれど、この歌は、彼女に似ている。

(……伊織……?)

 浮かんだイメージに疑問が浮かぶ。菊地真と水瀬伊織。何故、似ていると思ったのだろう。
曲は如月千早のもので、歌声は菊地真のものだ。なのになぜ、伊織の姿がよぎったのだろう。

 蒼い鳥はピアノの重厚な連弾を引き継いで、はるか高みを目指していく。勢いのはげしい、
いまにも振り落とされそうなメロディーを掴んだまま、真は自分の居場所から離れない。真の
ロングトーンも、届いた高みから裏返りはしない。真自身がそれを許さなかった。その力強く
頼もしい高音は、儚さをはるかに通り越して、獣の王様の遠吠えのようにすら聴こえる。

 だれもがその声に背筋を震わせ、存在していない尾をぺたりと伏せていた。遠吠えにしては、
あまりにも気高すぎる咆哮。そして貴音は思い出す。己を打ち負かした彼女の視線を。類無き
気高さを。ライバルだと認識した存在を。如月千早とは異なる、けれど限りなく近い、歌への
誇り。誰かに王者と称えられるほどのそれを、目の前の存在がいま、ホールに降りおろそうと
している。如月千早の信念と、水瀬伊織の誇りを持ち合わせて。思わず両の手に力がこもる。

 痛みを感じるほどの静寂。サビを一気に歌いきった真の視線が、ゆるやかに観覧席を巡り、
誰かを捜している。その途中で、貴音と真っ向から視線がぶつかる。

(!)

 目前に炸裂する火花をみた。ぞくりと背中に緊張がはしる。その鋭い眼差しに、意思の塊に
既視感をおぼえた。思わず何かを口にだしてしまいそうな、貴音の強い衝動を押さえたのは、
隣でうわあと感嘆の声をあげた響だった。

「一番ぜんぶ歌いきっちゃったよ。すごいな真。歌一本でやれちゃうもんなんだな」
「……響」
「あ。う、うるさくしてごめんよ、貴音。……でもすごいな。真、カッコいいなあ」

 小声になった響に、そうですねと穏やかに応じる。耳に届いた、聴きおぼえのある響の声に、
思った以上の安堵感をおぼえていた。ここは審査会場で、ステージの真は、貴音を含んだ他の
19人に真っ向勝負を挑んでいる。真は挑戦者なのだ。そこから目を逸らすわけにはいかない。

 だれもが声をひそめている。真の歌とピアノの音以外には、ほかに何も聞こえないホールが、
大きな沈黙をおろして、それを肯定しているようだった。審査員には前代未聞かもしれないが、
マイクを置いたことは良い方向に向かっている。観覧席に腰かけたまま、ぴくりとも動けない
観客たちは、いまなお真の声を聞きもらすまいと必死なのだから。

 少し離れた席に腰を降ろしていたプロデューサーも、不安を抑えながら勝負の行方を見届け
ていた。蒼い鳥は悲恋の曲だ。何もかもを極限まで投げうって、高みへと舞いあがる孤高の鳥。
研ぎすまされた儚げなソプラノトーンと、その奥にひそむ鋭利な強さを垣間見せてこそ、千早
だけが手を届かすことのできる、万人の琴線にふれるような本物の蒼い鳥に変わる。

 だが真は、儚さに秘める強さとは逆の位置に立っている。その力強い表現は、千早の蒼い鳥
とは全く別のもの。飛べない動物が、空を求めて天に両腕を伸ばすような、その咆哮をもって、
空自体に降りてこいと命じるような雰囲気さえする。

(アカペラ勝負は正解だったようだが……。真は、最後までもつのか?)

 時間になって、練習室に真と千早を迎えに行ったとき、プロデューサーは二人から頼まれた。
美希がいない方のホールに来てほしいと。それ以外のことは聞かされていない。おそらく今の
二人を突き動かしているのは、合格者の席とは別のところにあるのは間違いないのだろう。
 そして美希は今、このホールにいない。

 プロデューサーは考える。あとで美希にも伝えてやろう。まるで千早のようだったんだぞと。
見られなくて残念だったなと。半分しか終わっていないのに、皆がこんなにも静まりかえって
いるんだぞと。



 ふうっ。ステージの真が大きく息をつく。膝が笑う。喉が痛い。腹筋が震えている。でも。
 でもボクは託されたんだから。千早の代わりを務めなくちゃ。

 ねえ千早。――君はボクの代わりを務められている?





<8>


 美希は夢をみていた。

 目の前に大きな扉。レッスンの歌声が聴こえる。ドアは重たく、ガラスの向こうは見えない。
ふてくされながらも、美希には分かる。美希は知っている。ここに立っているだけでも伝わる。
それがとても素敵なものだということくらい。
 誰も見たことのないステージ。宝物みたいな二人の歌声。ぴったりと息のそろったダンス。
音楽がはじける。笑い声が聞こえてくる。外の美希は望んでいる。その扉が開かれることを。
 その場に座りこむと、美希はドアに寄りかかった。背中をぴたりと扉に預けて、夢の中でも
目をとじる。扉は開かれない。中の二人はずっと、ずっと、ステージに幕をおろしたまま。

 ――またあの歌が聴こえる。
 美希はひとりで、その歌を口ずさもうとして。



「……くん。美希君」
「あふぅ。社長?」
「オーディションが終わってしまうよ、美希君。もうじき如月君のステージだからね」

 千早の名を聞いた美希が、覚醒した光を目に宿す。が、すぐにまた眠そうな色に変わった。
1番目の響のステージを眺めたあとは、ずっとこの調子だ。どれも皆同じに見えてしまって、
中央ブロックの最前列という良席にいるにもかかわらず、美希はあくびを連発している。

「タイクツなの。ミキ、真クンみたいなダンスがみたいな」
「菊地君は今日、向こうの審査会場にいるようだね」
「真クンがいたら、もっとみんな盛りあがるのにって思うな。社長はそう思わない?」

 高木社長は黙ってひとつ頷いてみせるだけだ。大半の審査を終えて、観覧席にいる関係者も、
アイドルも、興味をもって集まっている雑誌記者も、何度もあくびを噛みころしているのは
間違いない。本番のライブとは違って、観覧席には盛りあがりが欠けているところは否めない。

 それでも。美希は思う。真クンがいたらぜんぜん違ったのに。

 19人目のアイドルが姿を消して、千早がステージに顔をみせた。ひとつ頭を下げたあとは
観覧席に背をむけている。美希は夢の続きを思い出す。ひとりで踊るのかな。ぼんやりした
頭で考える。耳に聴こえてきたのは、チャイムの音。そして水の流れる音。この曲は、真の。
エージェント夜を往く。

(えっ?)

 ライトが千早のいるステージを照らす。同時に千早がステージを駆けだした。観客の想像を
こえた速さで。動揺したライトは、わずかに千早の後ろ髪を照らしただけで、ぽっかり空いた
ステージにむかって降りそそぐ。
 中央階段も無視して、ステージを蹴った千早が一気に飛んだ。ざわめく観覧席の前列通路に
降り立ってキッと顔をあげる。その場で即ダンスを始めながら、視線が誰かを捜す。固まった
美希の姿をとらえる。――いた!
 混乱しているステージと審査員達を後ろに、千早は振りを壊さぬままに、巧みなステップで
通路を駆けていく。強いバスドラムの音が、千早と美希の鼓動音となってつながる。最前列の
一区画、美希はそこで動けない。

 硬直している美希の耳に響くのは、聞きおぼえのある真の持ち歌。近距離でダンスを決める
その人影を、美希はどう捉えていいのかわからない。真が力強く歌う。その名はエージェント。
恋と欲望弄ぶ詐欺師。
 大きくざわつく観覧席を無視してダンスを続ける千早は、鋭い視線をむけて美希を叱咤する。
起きなさい、美希。しっかりその目を見開いてなさい。やりとりは一瞬だった。くるりと背を
向けて、距離の大きなステップを一歩踏み込むと、ホール奥へとつづく通路を上がっていく。
まぶたの裏に焼きついた強烈なアピールは、美希の眠気と退屈を一気に吹きとばした。

「ほう。通路のすべてをステージに選んだか。
 ……だが審査員からは死角に入ってしまうぞ。どうする、如月君」

 高木社長がつぶやく。観覧席を用いたダンスアピールを目にすることは、これが初めての
ことではない。驚いたのは、ステージの上で千早がそんな手段に踏み切ってきたということ。
予選では守りに徹していたはずの千早が、一転してステージを飛び出してくるだけの火力が、
どこかから焚きつけられたのだという事実。

 それまできょとんと呆けていた美希が、なにかに背を押されたように席を立ちあがった。

 通路の小階段を上りかけて、ホールのライトが千早の視界へと差しこんだ。白一色。右足が
宙をかく。思わず美希が息をのむ。けれど千早は残りの左足で飛んだ。――たん。カーペット
敷きの通路に着地してなお、ステップは続く。たたん、たん、たたん、たっ。左向きの跳躍。
追いかけてくるライトから逃げるように。その手に捕まらないように。時おり天井のカメラに、
挑戦的ともいえる鋭い視線をかえして。
 確認できた千早のその表情が、うっすらと笑いを浮かべていたのに気づいて、美希が思わず
きゃあと声をあげる。

「すごいね社長! 千早さんのダンスすごいね! ミキびっくりしちゃったの!」

 美希の明るい声が、観覧席の一端をあおった。波は広がる。荒くなりはじめた呼吸を抑え、
千早はそちらへと意識を向ける。ステージを降りた時にまとわりついた、審査員達の動揺は、
両腕で振りはらった。自分の腕はこんなにも遠くへ伸ばせるのだと知る。歌うために必要な
腕力、抑えなくてはいけない脚力、すべては歌のため。ダンスも極力コンパクトに。それが、
如月千早を良く見せる一手だと信じこんで。

 千早の歌が抑えこんでいたものは、歌わない千早の魅力そのもの。
 歌という出口をなくした千早のエネルギーは、どこかでそれを発散することを望んでいた。

“千早はボクより背が高いんだからさ。もっと大きなアクションがとれるはずだよ”

 160を超える千早の身長が、普段ステージの上で活かされることは少ない。ボーカル重視な
千早のステージは、本人でも無意識のうちに、ダンスとビジュアルを9分止まりに抑えていた。
抑えられた1歩を差し引いても、有り余るボーカルがそれを補ってしまうがゆえの弊害。誰も
指摘しなかった欠点。真だけがそれを叱った。もしも千早が変なダンスなんかしたら、二度と
ボクの声は貸さないからねと念を押して。千早だから貸すんだよと背中をたたいて。

 ホールに真の歌が降りそそぐ中、千早は観覧席をぐるりと見わたす。

 “エージェントがカッコ悪いなんて最悪だからね”

 真の歌声を耳でとらえつつ、千早はひとつ頷いて息をのみこむ。ステージの上からずいぶん
離れてきてしまった。膝がガクガクする。心臓が暴れる。酸素が足りない。この状態で歌えと
言われたら、その場に膝をついてしまうだろう。けれど歌は、あの場所に置いてきたのだから。
今の如月千早に期待されているのは、歌ではない何かなのだから。

 真が力強く歌いあげる。不安なんて一瞬で吹き飛ばせと、エージェント千早に命じる。
 声が途切れ、重低音の伴奏が唸りをあげてホールを包みこむ。不穏な音楽が会場を満たす。

 観覧席を右から左へ横切る通路は、40メートルの一本道。千早はそこに足を踏み入れると、
スケートのアイスダンスの要領で細かいステップをつなげた。本来の振りつけを壊さぬように、
左足の動きを止めず、右足を絶えず回して。ステージの上で、即興のラインステップくらい、
真は笑ってやってのける。望みとあらば片手だって振ってみせて。けれどあまりの膝の負担に、
思わず引きつり笑いがもれた。通路の半分で爪先が悲鳴をあげる。通路はまだつづいている。
ダンスマスターの挑戦権をもらうより、まず真に認められるほうが先だったかもしれない。

 通路を渡りきると同時に、クラッシュ音が響く。まわりから感嘆混じりの歓声が沸きおこる。
曲は今ようやく半分を過ぎた。はぁっ。歌ってないのに息が切れる。視界がぐらぐらと揺れる。
残りの半分を終えるまでに、無事ステージの上に戻れるだろうか。

 だけど。千早は足を止めずに思考する。真ならできるわ。

 ファン感謝祭ライブ。オールスターのステージで真はいつも観客のそばにいた。ステージが
狭すぎると言わんばかりに、やよいや亜美と元気に観覧席を駆けまわっては、大勢のファンを
盛りあげていた。千早はずっと、ステージの上で歌いながら恩恵にあずかっていたに過ぎない。
ステージを降りてようやく今、とんでもない労力だと実感する。
 だからこそ思う。せめて一周でもしてみせないと笑われるではないか、と。

 アイドルにマイクを手放されてしまったボーカル審査会場と同じく、アイドルにステージを
降りられてしまったダンス審査会場でも、審査員達はそろって戸惑いの表情を浮かべていた。
 天井を動くカメラが必死になって観覧席を追っている。モニターの映像を見られない左右の
ジャッジが、ステージにむかって固定された審査員席で難しい顔をしている。まわりを囲んだ
即席の壁が邪魔をして、観覧席の反応よりどうしても数秒遅れてしまう。わっと盛りあがった
場所に視線をむけても、そこにアイドルの姿はない。肝心のダンスが確認できない。

 一歩も足を止めようとしない千早の脳裏に、真の姿が浮かぶ。

 “観客がボクを呼ぶのが伝わるんだ。その場所に向かって手を振りたくなるんだよ”

 サービス精神満載のお言葉を胸のうちで繰り返して、千早はぐっと視線を上げる。足がまだ
動いていたことに安堵しながら、美希のいる方向へと視線を巡らせる。その途中、見おぼえの
なかった観客がひとり、こちらに顔を覗かせている。あれは誰?ダンスを続けながら考える。
くるり。通路の上で大きくターン。その途中で思いだした。あれは審査員だ。

 痺れをきらした審査員がひとり、とうとう席を立ち上がって邪魔な壁から顔を覗かせていた。
千早の口元が笑う。こんなに疲れているのに、自分は何をしようとしているのか。疲れ果てて
からっぽに近い頭で考える。でも、きっと、このくらい。真なら。得意な顔で。片目を瞑って。

 ふっと笑った千早が回転しながら右腕を掲げ、

 ぱん。

 審査員に向けられた人差し指が、見えない銃弾を放ったのを、天井カメラがズームで捉える。
あまりにも凶悪かつ危険な犯行に及んだエージェントはその場から逃走。空虚な映像を数秒間
映し、カメラは慌ててアイドルを追いかける。

 その銃弾に倒れたのは、ひとりではなかった。





<9>


 とある高層ビルの巨大モニターは、旬のアイドル情報を流しっぱなしにする有名な広告塔。
アイドルたちが朝から晩まで、街に向けてアピールを続けている。人々はそれを目にしながら、
生活していた。すでに日も暮れて、ネオンの光がきらめく時間。先程まで延々流れていたのは、
本日行われた、大規模オーディションの合格者三組によるステージ。
 そして今のこの時間帯は、同日開催された、ビジュアルマスター三次予選オーディションに
合格したアイドルユニットにむけて、インタビューが行われていた。

『ありがとうございまぁす。765プロの水瀬伊織でーす。私、今日はすっごく頑張っちゃった!』
『いおりん輝いてたもんねー。となりで亜美もメッチャまぶしくってさー』
『にひひっ♪ このスーパーアイドル水瀬伊織ちゃんなら、ビジュアルプリンセスなんて当然、
 ……ってその視線はなによ亜美! カメラもどこ映してんの! もっと下でしょ、下!』
『はわわ、い、いい伊織ちゃん落ちついて…す、すみませんすみませんごめんなさーい!』

 亜美が笑う。伊織が怒っている。雪歩はもう半泣きだ。にぎやかな音声がふっと途切れる。
ぐらぐらと揺れていたカメラは、誰かの青いボンボンを隅にちらりと映して映像を切りかえた。

 その様子を実におかしそうに眺めていた貴音は、ビルの巨大モニターから視線を下に向ける。

「合格できて幸いでしたね、響」
「うーん。自分はなんだか、あんまり一位になった気がしないんだけど……」
「せっかく高木殿に出場させて頂いたのですから。こちらは、事務所に収めて頂きましょう」

 貴音が持つ筒の中には、オーディションの合格状が入っている。頂点試合に参加することを
認められた証だった。だが二人はまだ、担当プロデューサーのいない一介のアイドル候補生。
稀有な権利も一位合格も、現時点ではなんの意味も持たない。小判か真珠だなと、響が笑った。

「でも、すっごく面白かったな」
「ええ。とても楽しい時間を、過ごさせていただきました」

 合格者のなかに、真と千早はいなかった。あとは歌うだけだから自分達だけでも大丈夫さと、
高木社長に美希をあずけて、皆とは会場で別れてきた。真と千早は、あれだけステージの上で、
好き勝手やらかしておいて、審査員と観客を呆気にとらせておいて、真はもう喉がガラガラで、
千早は両足が痛いとこぼしておきながら、それでも。
 それでも呆れるくらいの笑顔で。

 じゃあ、また今度。と言われて別れたのだ。

「えらい事務所に入っちゃったなあ、貴音」

 響の呟きは貴音の耳に届き、そのまま二人が見上げる夜空へと昇っていく。



 同じ空の下。

 プロデューサーが運転するワゴン車の中で、真は街の夜景を眺めていた。菊地君も如月君も
今日は実によく頑張ったねと、高木社長の提案でファミレスに寄ってきた帰り道。

 オーディションの結果が告げられたあと、控え室にいた真と千早は、美希に呼びだされた。
残念賞なのとコンビニ袋を渡されて。贈られた中身よりも、美希の機嫌がなおっていたことを、
真と千早は喜んだ。
 その美希は一番後ろの座席、真のとなりで眠っている。真の前には、青い携帯を眺める千早。
運転席のプロデューサーと会話を交わしているのは、助手席の高木社長。車内のラジオからは
今週のヒットナンバーが流れている。美希が買ってきた、のど飴と湿布の香りにのせて。
 もらったキャンディーを口の中でころがしながら、真は座席に両手をかけて前を覗きこむ。

「千早、何を見てるの?」
「オーディションをさがしているのよ」

 真も一緒に出てくれるでしょう?千早が視線を向ける。いつかの真とおなじ目をして。

「で、でも。今日出たばかりなのに?」
「真はボーカルも良い筋をしているって、プロデューサーが仰っていたわよ」
「そんなことないって。最後は目も当てられなかったんだ」
「私も同じよ。それでも、5位に手が届いたのは自信につながったわ」
「ボクはもう、踊れないステージはこりごりだよ」
「私だって歌えないのはごめんだわ。でも、ほら。これなんてどう――」
「ミキもミキもミキも! ミキも出るの! ミキもいっしょに歌う!」
「うわっ、美希!? お前寝てたんじゃないのかよ!?」
「ね、千早さん。今度はトリオにしよ? そしたらミキも出られるし、合格まちがいなしなの!」

 わあわあと後ろの席が騒がしくなって、プロデューサーが軽く注意を促した。ごめんなさい。
二人が謝る。ミキはいつもガマンしてたのに。重ねられた声に、真と千早が視線を合わせる。

「はっはっは。元気があるのは良いことだ。それがステージの上ならば、私はもっと嬉しいな」

 高木社長が告げて、車内がしずかになった。赤信号を前に止まっていた車が、ゆっくりと
速度をあげていく。そのとき、ふと歌声が聴こえた。千早が振りかえる。真が視線をあげる。
 窓の外を眺めながら、美希がメロディーを口ずさんでいた。それは真と千早の知っている歌。
あのとき使われなかった曲。美希がいつもあの場所でひとり聴いていた歌。扉は開かれた。
今はもう、一緒に歌える。

 プロデューサーがラジオの音量を落とした。遠くのラジオ局で、番組のパーソナリティーを
つとめている律子とあずさの声が徐々に小さくなっていく。後ろの席から流れてきた、三人の
ユニゾンを楽しむために。助手席の高木社長も、目を閉じて歌声に耳をかたむける。



 あの歌が聴こえてくる。



                                (おわり)
00:00  |  千早  |  TB(0)  |  CM(16)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

燃えた。

良い。とても良いです。
読み応えのあるボリュームと展開。
お題以外のアイドルの登場のさせ方。
読後感まで含めて、とても良かったです。
『一枚絵』は自作終わってから感想行脚しようと思ってましたが、
こちらは瞬発力でコメント残します。

シナリオのイメージ、構成に合わせてオーディションの
ルールを作られたんだと思いますが、違和感なくまとまっていて、
よりによって競う相手が元961組という熱い展開。
そして2人の決断と、結末。
年齢軸の振り分けと共に、読まされました。
その内、構想から執筆までの流れとか、意図とか、
そういったものを聞かせてもらえる機会を頂ければと、思います。
ガルシア | 2010年02月01日(月) 01:12 | URL | コメント編集

熱いコメありがとうございます!
お題イラストを拝見しているうち、あれもこれも書きたくなってしまい、
いつもの120行では全然足りなくなってしまいました。

長い作品になったので、せめて最後は疲れないようにしようと、
ドタバタコメディ型のエンドを取りやめ、現在の形になりました。
SSの【考察】を抜きにしたのも、ほぼ同じ理由です。

なので、

>構想から執筆までの流れとか、意図とか

最後まで読んで頂いた上に、こういったお言葉を頂けるのは、
書き手としても大変嬉しいです。
作品内で語りきれなかった点や、没になったシナリオ部分も含めて、
いずれ別の記事に、考察代わりにまとめられたらと考えています。
のんびり気長にお待ちください。

コメントありがとうございました!
寓話 | 2010年02月01日(月) 19:22 | URL | コメント編集

拝読しました

いや、本当に熱い話でした
普段自信を持っている武器を封じられたとき、絶望に陥った心を
立て直すのって本当に並大抵なことじゃないと思います
それを可能にしたのは、ともにがんばっている仲間がいるから
自分だけが苦しいわけじゃない、苦しくても支えてくれる仲間が
いるというのをこの話で実感させてくれました
 ただ信頼関係だけでなく、アイドルとしての向上心もあるから
結果がどうあれ、千早と真……だけでなく765プロ全員が
トップを目指していける そう感じました

素晴らしい話をありがとうございました
トリスケリオン | 2010年02月01日(月) 23:31 | URL | コメント編集

コメントありがとうございます。

ステージ上でとりわけ映える、真と千早の二人がお題でしたので、
熱いオーディションのSSが書きたい!と突っ走ってしまいました。

デュオユニットの良いところは、もうひとりのプロデューサー役として
相談役になれるところかなと自分は思います。プロデューサーよりも
年が近く同じ立場なので、遠慮なく話せそうな点に魅力を感じます。

真も千早も、得意ジャンルならソロでも充分やっていけるけれど、
不得意ジャンルに立たされた時には、相手の存在を強く意識して
しまいそうな気がしたので、今回は、いつもと違ったステージに
立たせてみました。とりわけ美希が良く動き回ってくれたのが、
結果的には、二人にとっていい方向に流れたのかなと思います。

企画主催おつかれさまです。参加できてとても楽しかったです。
こちらこそ本当にありがとうございました。
寓話 | 2010年02月02日(火) 19:19 | URL | コメント編集

オーディションバトルだ!

おみごとでした。『合戦時報』もそうでしたが、普段ですます調の
優しげな文体が影を潜めるのも、物語内部で千早や真が仕掛ける
大逆転技に通じるものがありますね。
いわゆる万能タイプとして描かれることの多い春香や美希に対して
能力特化型の二人、こういう課題限定オーディションでは作中の
ように『燃えるよりは戸惑う』のがありありと浮かびました。
冒頭では匂いもさせなかった貴音響のエントリーというプロットも
すごいですね。イラスト一枚で980行なんて寓話Pどーしたのと
思った浅慮をお許しくださいorz
やはり原作は点数もランキングもあるゲーム、バトル要素はいい
燃料ですね。よし俺も、と言うだけ言ってみる最近不完全燃焼気味
のレシでした。
レシ | 2010年02月03日(水) 09:36 | URL | コメント編集

キャーレシPサーン!

コメントありがとうございます。「スイッチ」は「合戦時報」を
意識しながら書いていた作品です。常体文法のSSとしては
二作目になりますが、事務所内のオーディションではない、
ちゃんとした試合を書こうと思ったのがきっかけでした。

「普段やらないことをやる(得意なことができなくなる)」という
主旨は、ひとつ前の雪歩SSとも共通させている部分です。
穴掘りを封じられた雪歩同様、「スイッチ」では真と千早を同じ
境遇に立たせてみました。「合戦時報」では審査員トリオだった
3人をメインに置いたので、以前のSSとはまた違ったところで
お楽しみ頂けましたら幸いです。

プロットに関しましては、のちほどゆっくりお時間を頂戴したいの
ですが、文章量と内容に関しましては、「とにかくイラストからの
インスピレーションが強烈だった」に尽きます。おそらく自分
一人のイメージで書こうとしても、これほどたくさんの文章は
書けなかったのではないかなと思います。創作発表板でも何度か
機会がありましたが、「お題」って重要だなと改めて思った次第です。

たまにはバトル要素もいいですよね。レシPのガチバトルSSも
ワクテカしながらお待ちしております。ご感想ありがとうございました!
寓話 | 2010年02月03日(水) 19:57 | URL | コメント編集

とても共感を覚えました。

というのもニコニコ動画の「MADアイドルマスター 千早&Friends 今夜は青春」を千早たちがどのようにイメージし、どうまとめ上げたのかを自分で想像し、SSで書いたことがあるので、心情がより伝わりました。

ステージに掛けるアイドルたちの闘争心を覚えさせるシーンや創意工夫で乗り切ろうとするところが、瑞々しく描けていたと思います。
とてもスピード感がありましたね!

あとコメントありがとうございました!
月の輪P | 2010年02月05日(金) 13:51 | URL | コメント編集

拝読いたしました。

はじめまして、エイジと申します。「一枚絵」に参加している者です。

とりあえずの感想を。
素晴らしい読了感でした。
今回の企画、非常に高いレベルの作品が頻出しておりますね。、「とにかくイラストからのインスピレーションが強烈だった」と寓話さまもおっしゃっていますが、まさにそのとおりですね。私も、おかしな文字数を投下してしまいました。

作中でのスピード感が素晴らしいです。話の組み立て、展開、ともに一流と思います。原作キャラクターに準拠したまま、次の言葉を、次の文書を追いかけさせる引き込み方は、さらに一枚上のものです。日本語として綺麗な文をお書きで、トータルですらすらすら、と読める作品です。
私の文章は鈍重さに定評がありましてw、うらやましいです。

もしよろしかったら、リンクなどお願いできませんでしょうか? 拙作をお読みいただいて、その上で寓話さまのお眼鏡にかなったら、で結構ですので。
それではまたいずれ。
エイジ | 2010年02月06日(土) 16:11 | URL | コメント編集

>月の輪Pさん

コメントありがとうございます。千早推しな書き手さんから
共感を覚えていただけたようで、胸をなでおろしております。

洋楽m@sterはカッコいいライブのPVが多いですよね。自分も
大好きです。「歌(洋楽)を聴かせるためのステージ」、という
雰囲気がとても強くて、アイドルがみんな活き活きしているのが
印象にのこります。

動画のように、躍動感があるSSを書きたいと思っていたので、
とてもスピード感があったと仰っていただけて、最高に嬉しいです。
自分の考える理想のSSにはまだまだ程遠いのですが、地道に
頑張りたいと思います。コメントどうもありがとうございました!
寓話 | 2010年02月06日(土) 22:05 | URL | コメント編集

>エイジさん

はじめまして、寓話と申します。長編SSだったにも関わらず、
最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。

身にあまる賛辞の数々、とても恐縮です。自分はまだ長編SSを
練習し始めたばかりで、ほかの書き手さんの作品を拝見しては、
己のスキル不足を強く実感している最中です。

今回のSS企画で、大勢の書き手さんの作品に触れることができて、
とても勉強になりました。まだまだ未熟な書き手ではありますが、
読んでくださった方が、読み終わって満足していただけるような
SSを書いていけたらなと思っております。

リンクの件ですが、自分は構いません。お誘いありがとうございます。
SSを拝見し終えるまでお待たせするわけにもいきませんので、
先行で繋げさせていただきました。エイジさんのお眼鏡にかなった
ことを光栄に思います。いつも気まぐれ更新な保管庫ブログでは
ありますが、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。
寓話 | 2010年02月06日(土) 22:10 | URL | コメント編集

拝読致しました

初めまして。一枚絵で書いてみM@STERに参加している小六と申します。

 今までのコメントにもありましたが、熱いストーリーですね。真さんと千早さんの落ち込み、ライバル(?)の叱咤激励、そして痛快な展開へ。熱いアイマスの王道を突き進む感じでした。熱い!!
 真さんと千早さんの関係もとても理想的と思われる感じで、お互いの良さを理解した上で、信頼し合う関係。その関係性とストーリーが絶妙にマッチして、物語をさらに魅力的にしている気が致します。真さんと千早さんの一番の売りと考えられているものではなく、隠れた魅力を相手に指摘してもらい、その言葉を信じて闘いに赴く。本当の信頼がなければできない行動ですね。オーディションの設定もそれを惹き出す隠れた要因なのかな、と。舞台設定の妙にも唸らされました。
 これだけ内容のある文章なのに、読めば読むほど加速度的に読みたくなってくる痛快なストーリー展開でした、読み終わったときには本当に胸の奥がすっとすると同時に、心地よい熱さが余韻に残りました。

素晴らしいSSをありがとうございました!
小六 | 2010年02月12日(金) 17:31 | URL | コメント編集

はじめまして。寓話と申します。熱い!コメントありがとうございます。

真と千早はお互い「背中を預けても大丈夫」と思えるような、戦友らしい
イメージで書いていました。アイマスの王道的な要素のひとつに、
“プロデューサーからアイドルへの叱咤激励”というものがありますが、
今回は、デュオユニットを組んだ真と千早(と美希)に
「へこんだ相手をステージに立ちあがらせる役割」を与えてみました。

真も千早もアイドル同士なので、場合によってはプロデューサー以上に
ステージの上でシンクロできることが、制限有りのオーディションにおいて
上手く転がったように思います。シナリオ展開上、消化不良という面では
すこし不安もあったのですが、小六さんから痛快なストーリーだったと仰って
いただけて、とてもホッとしています。

読み終わったときに、疲労感とはちがう何かを感じていただけたのなら
書き手としてもこれ以上よろこばしいことはありません。

こちらこそ読んでくださって本当にありがとうございました!
寓話 | 2010年02月13日(土) 22:04 | URL | コメント編集

読ませていただきました!
ボリュームがあり、読み応えがあって、短いものばかりの自分の目にはまぶしいばかり…><
オーディションの展開も熱く、しっかり練られたストーリーを楽しく読ませていただきました。最後の戦い終わったと言う感じの穏やかなシーンも心地良かったです。
素晴らしい物語をありがとうございました!

あと、すみません、自分のブログからリンクさせてもらてもよろしいでしょうか? よろしくお願いいたします。
coro | 2010年02月13日(土) 23:30 | URL | コメント編集

コメントありがとうございます。短編SSの書き手さんから
長編SSにコメントを頂けたこと、満足していただけたこと、
どちらも非常に嬉しく思います。

今回の企画では、長編SSを書かせていただきましたが、自分も
皆様のSSから、作品に凝縮された素敵な余韻を頂戴しました。
ワンシーンの印象が強烈に残るのは、やはり短編SSならでは
だなと感じました。どの作品のカットも、とても印象に残っています。

coroさんのSSもまた、拝読後に優しい空気が残ったのが印象的
でした。ふと「あの春香さんは、どこ行ったんだろう…」と、未来の
シナリオに考えを巡らせたくなるような、楽しい余韻が残りました。
拝読したあと、無性に短編SSが書きたくなりました。こちらこそ
素敵な作品をありがとうございました。

リンクのお誘い、どうもありがとうございます。企画参加つながりから
リンクの数を増やせるのは、とても嬉しいです。こちらからもリンクを
繋げさせていただきました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
寓話 | 2010年02月14日(日) 18:50 | URL | コメント編集

リンクの件、ありがとうございます。こちらこそ今後ともよろしくお願いいたします^^
まさかこちらでもお褒めいただけるなんて…ありがとうございました!
coro | 2010年02月14日(日) 22:49 | URL | コメント編集

主役じゃないキャラが面白い(=魅力的な)SSに弱いんですw
はっちゃけ春香さん素敵!
寓話 | 2010年02月15日(月) 23:08 | URL | コメント編集

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